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大切に思うからこそ②

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「ディートハンス様……」
「ディースと」
「……ディース様」
「うん。そう呼ぶように」

 美貌に笑みを刻み、ディートハンス様は私の手を取ると軽々と私を抱き上げる。

「わっ」

 予備動作もなく流れるようなその動きに声を上げて慌てて抱きつくと、ディートハンス様はくすりと笑う。
 私の額に頬、そして鼻を触れ合わせるまま止まるとじっと私を見つめた。

「リア。今日は活躍したと聞いた。騎士たちを救ってくれてありがとう。倒れたと聞いたが体調はどうだ?」
「力を使うことに不慣れだったせいでへたり込んでしまいましたが、他は問題ありません」
「……そうか。くれぐれも無理はしないでくれ」

 腕に腰掛けるような形なのに非常に安定感があったので、しがみつく手を緩めて一度顔を離し改めてディートハンス様の顔を覗き込む。
 先ほど笑っていたかと思えば、今は心なしかいつもより声が低い。

「ディース様?」

 どうしたのかと視線とともに問えば、ディートハンス様が力強く熱のこもった視線で私をじっと見つめ、大きく息を吐き出すとぎゅうっと私を抱きしめた。
 隙間を埋めるようにかき抱かれ、私はそっと肩に手を置く。

「…………」
「何かあるなら口に出して言ってください」

 呼びかけると口を噤んでしまったので、私はもぞもぞと動いた。そうすると、優しいディートハンス様は力を抜いて私のしたいようにさせてくれる。
 こういうところも好きだなと、私はディートハンス様の肩を掴み真正面から見据えた。

「リア……」
「ディース様」

 ひとりでため込み処理する人でもあるので、少しでも兆しがあるのならそれを逃したくない。
 優しくてその強さで受け止めてしまうからこそ、好きが増すとともに、もっと甘えてほしい、頼ってほしいという気持ちが強くなる。

 そっと両頬に手を添えて、不安そうに視線を揺らすディートハンス様をじっと見つめた。
 抱え込まず、私に対する気持ちの問題ならば話し合わなければわからないことも多い。迷うのは、迷わせるのは、私だから。
 なら、その迷いも私は受け止めたい。

「………………ダメだな。リアのしたことはとても誇らしいし、騎士たちを治してくれたことは本当に感謝している。だけど、もしリアに何かあればと思うと、また倒れて意識が今度こそ戻らなくなったらと思うと怖い。助かったのに、少しでも危ないことはしてほしくないと思ってしまう」

 長い沈黙の後、吐息のような声を落とされディートハンス様の心情を知る。
 私の境遇や、出会い方、拉致されたことも含めて、ディートハンス様にとって私は守るべき存在としてすり込まれてしまっていた。
 自分たちの関係性や立場の差、持っている力の違いでそれらは仕方がない反面、私はいつまでも守ってもらって甘えるばかりの関係なのを寂しく感じていた。

「ディース様……」
「リアの行動を制限したいわけではないんだ」
「わかっています」

 大事に思われて嬉しくないわけではない。
 だけど、大事にされればされるほど、そして好きだと思うほど、強くて優しい人の支えになりたい気持ちが増していく。

 離れていると不安だという気持ちが、いずれ私がいるから留守を任せられると思ってもらえるようになりたい。
 甘えてばかりではなく、そういう意味でも逆に甘えてもらえるような存在に私はなりたい。
 互いに補っていける関係になりたかった。

 ディートハンス様の不安はすぐに解消されるものではないこともわかっている。
 私も、ディートハンス様は寮から出て行くたびに怪我をして帰ってくるかもしれないと常に不安はある。
 不測の事態が起きて帰ってこなかったらと思うと怖い。

 だけど、それらは過ごす時間とともに話し合いの中で少しずつすり合わせていくしかないのだろう。
 それとともに自分でもできることを増やしていきたくて、今日の出来事はきっかけでもあった。

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