上 下
118 / 127

大切に思うからこそ①

しおりを挟む
 
 国を混乱に陥れたランドマーク元公爵の刑が執行され、伯爵を含めたこのたびの騒動を起こした全ての者が裁かれてから数日。
 復興や解明も進みようやく収束の兆しが見え始めた。
 時とともに事実を知った衝撃から心の反応が薄れているように感じるが、大事な人たちを理不尽に失った悲しみは忘れることはない。

 風化していくことは決して裏切りではなく、環境が変われば心も変わらないままは苦しくて、自分のことを考えてくれている、大事にしたい人や時間が増えるたびにそれらは思い出として処理される。
 行き場のない憤りと悲しみしか残らなかったこのたびのこともようやく一つの区切りがつき、春の訪れを待つとともにこれからさらにこの国は強くなるだろうと皆が希望に満ちている時にそれは起こった。

 黒狼寮のホールに、騎士の声が大きく響く。

「魔物に襲われ負傷者が多くでました。すでに他の治癒士には連絡しております。ニコラス様も力をお貸しください」
「わかりました」

 ランドマーク元公爵の反乱とその時に暴れた魔物は殲滅したが、魔物の生態系が乱れたことで序列が変わり変異種まで現れ、今まで出なかった地域にも出没するようになった。
 その調査と殲滅にディートハンス様たち攻撃に特化した騎士団はすでに出払っており、第六騎士団治癒部隊であるニコラス様が外へと向かうのを私は呼び止める。

「私もお手伝いします」
「……各地に今は治癒士が派遣され、王都に治癒士が少ない状況です。かなりしんどいですよ?」
「邪魔になるようなら帰ります。ですが、私の能力でできることがあるのならばお手伝いを」
「わかりました。ついてきてください」

 了承を得て、門から一番近い騎士団寮へと赴く。
 命の危険が伴う重傷者はその場で治療、それから王城の治癒士や医師によって現在治療を受けているが治療を必要とする者は多く、残りの人たちは騎士団寮に運ばれていた。

 ホールに並べられた騎士たちの多さに絶句したが、ニコラス様が治療に取りかかったその横に寝かされた人物の容体を見るべくしゃがみ込んだ。
 左足が抉られた騎士は名前までは知らないけれど、何度か挨拶をしたことのある人だ。

「大丈夫ですよ。今、治療します」

 痛みで顔をしかめている騎士の手を掴み声をかけると、彼は目をうっすらと開けた。

「――君は、……ありがとう」

 治療するのは私だと知っても嫌な顔をせず、ふっと身体の力を抜いた騎士に私は再度力になりたいと強く思う。

「必ず助けます」

 今後、騎士生活に支障が出ないようにと祈ると、周囲に精霊たちが集まり目映いほどの光を放つ。
 伯爵家から助け出された後、十日ほど意識を取り戻せなかった夢の中で精霊王と再契約し、全ての魔力が戻ってきたため今の私は万全だ。

 ネイサンによる記憶の操作と魔力消失で精霊との繋がりが薄くなるなか、今までかろうじて糸一本ほどの細いもので繋がれていた。
 金目のものだったら絶対取られているはずの不思議な石は、なんと精霊石だった。
 それは契約者と繋ぐもので、私には透明度が高く日によって色が変わる不思議な宝石に見えていたが、他人には地面に落ちているようなただの石にしか見えず奪われることなく済んだようだ。

 ネイサンが魔物の森で明確な殺意をもって私を置き去りにしたことによって、企みに気づいた精霊王がディートハンス様との出会いを機に意図的に器を守るために最低限の魔力だけを残し膜を張った。
 そのことによって、下界に干渉することができなくなった精霊王と再度契約することで力を取り戻すことができた。

 十日も眠りについていたのは私の回復のためでもあったけれど、精霊王がせっかくなのだからとなかなか帰してくれなかったせいでもあった。
 石を大事にしていたからそれくらいで許してもらえたけれど、もし粗末に扱っていたらもっと拗ねていたことだろう。

 精霊も万能ではなく、独自の理や性質があるため人には気まぐれに映る。
 それでもしっかりとした繋がりを感じ、初めて万全な状態で聖魔法を使うことに不安はなかった。

 結果、私は暇を持て余していた精霊王を呼び出してしまい、ホールにいる全員を一気に治療することに成功した。
 その時は歓声に包まれ、やけに褒め称えられ、こそばゆさを感じながらも怪我が治せたこと、騎士たちが笑顔になったことが嬉しかった。
 器は出来ているけれど力の使い方が慣れていなかったため、その場でへたり込んでしまって心配をかけたこと以外は概ね良好だった。

 その晩、私はお風呂上がりにドキドキしながらディートハンス様の部屋に訪れていた。
 ディートハンス様の仕事が通常通りに終わる時は必ず部屋に誘われるようになり、何度来てもノックする時は緊張する。

「リア」

 コン、と躊躇いがちな音にすぐに気づいたディートハンス様がドアを開け、中へいざなわれる。
 それから当然のように手を差し出しベッドのほうへと誘おうとするディートハンス様に愛称で呼ばれ、私は立ち尽くした。
 まだ、私たちはそこまでいっていない。ただ、キスして抱きしめ合って眠るだけ。それでも意識してしまう場所だ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

選ばれたのは私以外でした 白い結婚、上等です!

凛蓮月
恋愛
【第16回恋愛小説大賞特別賞を頂き、書籍化されました。  紙、電子にて好評発売中です。よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾】 婚約者だった王太子は、聖女を選んだ。 王命で結婚した相手には、愛する人がいた。 お飾りの妻としている間に出会った人は、そもそも女を否定した。 ──私は選ばれない。 って思っていたら。 「改めてきみに求婚するよ」 そう言ってきたのは騎士団長。 きみの力が必要だ? 王都が不穏だから守らせてくれ? でもしばらくは白い結婚? ……分かりました、白い結婚、上等です! 【恋愛大賞(最終日確認)大賞pt別二位で終了できました。投票頂いた皆様、ありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾応援ありがとうございました!  ホトラン入り、エール、投票もありがとうございました!】 ※なんてあらすじですが、作者の脳内の魔法のある異世界のお話です。 ※ヒーローとの本格的な恋愛は、中盤くらいからです。 ※恋愛大賞参加作品なので、感想欄を開きます。 よろしければお寄せ下さい。当作品への感想は全て承認します。 ※登場人物への口撃は可ですが、他の読者様への口撃は作者からの吹き矢が飛んできます。ご注意下さい。 ※鋭い感想ありがとうございます。返信はネタバレしないよう気を付けます。すぐネタバレペロリーナが発動しそうになります(汗)

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】

霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。 辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。 王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。 8月4日 完結しました。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない

橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。 そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。 1~2万文字の短編予定→中編に変更します。 いつもながらの溺愛執着ものです。

転生姫様からの転生は魔術師家系の公爵家

meimei
恋愛
前世は日本人、さらに次の生は姫に生まれ、 沢山の夫や子供達に囲まれた人生だった。 次の生は……目が覚めると小さな手足…うん 赤ちゃんスタートだった。 どうやら魔術師家系の公爵家の末っ子に生まれたみたい!3人の兄達に可愛がられすくすくと チート魔力、魔法を開花させ! 前世の…夫達も探さなきゃ!!! みんなどこいるの!!!! 姫様の困ったお家事情の主人公がさらに転生した話しですが、R15にしました(*^^*) 幼児スタートですので宜しくお願い致します! ☆これは作者の妄想による産物です! 登場する、植物、食べ物、動物すべてフィクションになります! 誤字脱字はゆるく流して貰えるとありがたいです♡

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...