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失ったものと温もり④

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「ミザリア」

 そして今、二人きりになりディートハンス様に背後から抱きしめられていた。
 少しでも離れようものならぐいっと引き寄せられ、話すたびに触れる息を意識する。

「オリビアのことは驚いただろう?」
「驚きましたがお会いできて光栄です。とても可愛らしい方でした」

 まっすぐなところや正直なところは、強引なところもディートハンス様に似ている。

「私の大事な家族だ。二人が仲良くしてくれると嬉しい」
「はい」

 頬を甘えるようにすり寄せささやかれ、くすぐったさに身を竦める。
 くっついていても顔が見えないのは寂しいなと思っていると、軽々と私の身体の方向を変え抱きかかえるとディートハンス様は額にキスを落とした。

 愛おしげに細められた眼差しが、ふと思案げに陰る。
 ゆっくりと瞼を伏せたディートハンス様は、私の背を優しく撫でながら窺うように口を開いた。

「伯爵のことだが、自ら両親の敵を討ちたかったか?」

 薄々話す内容に気づいていた私は小さく首を振った。
 本日、ブレイクリー一家の刑が決まったばかりで、今日はいつも以上に周囲がずっと気遣ってくれていた。
 ユージーン様は『呪詛をめいいっぱい込めたから』と騎士にあるまじき発言をして、本気なのか和ませようとしてなのかはわからないけれど、自分のことのように怒ってくれていた。
 
「いいえ。罪が白日のもとに晒され相応に罰せられるのなら私は直接何かしたいとは思いません。私が幼かったこともあるでしょうけれど、母は私が復讐に捕われることを望まなかったから真実を話さなかったのだと思いますし」
「そうか」

 拉致された最後は力尽きた上に長い間気を失ったことで、伯爵たちに直接私が何か告げることもする機会もなくなってしまった。
 両親のことや虐げられてきたことをぶつける機会がないことを気にしてくれているのだろうけれど、国が動き公正な判断をしれくれるならそれが一番で、それが権力をひけらかしてきた彼らにとって最大の罰になるだろう。

 ――むしろ、顔などもう二度と見たくない。

 いろいろ思い出してしまいそうで、何を告げたところで彼らは変わらないと思うから、母との思い出を怒りに染めてしまいたくないというのが正直なところだ。

 公爵は調査が終わり次第死刑が執行され、伯爵や公爵に賛同した者たちもそれぞれ刑を言い渡された。
 伯爵家の人たちはそれぞれ別のところで労役を課され、チェスター・ブレイクリーは一生出ることが許されない悪夢の土地とされる場所で奉仕することになっている。

 余罪もつまびらかにしたのち、汚名を着せられた者、泣き寝入りをすることになった者への補償もされ、ランドマークとブレイクリー家は廃門となった。
 夫人やベンジャミンは刑を終えても戻る場所はなくなり、身分もなく土地もなくなった二人に明るい未来はない。

 歪な形で同じ土地で過ごし繋がっていた彼ら。
 両親にしたことを思えばやるせなさを感じるけれど、これから彼らが手にするものがないのであればそれ以上望むことはない。

 何より日々優しい人たちに囲まれて、これだけべったりと私が必要だと行動と言葉とともに教えてくれる人がいる。
 痛みではない何かに、涙がにじむ。
 それを見たディートハンス様は優しく耳元でささやいた。

「これからは私や騎士団、そして私の家族が、ミザリアの家族だ」
「一気に増えましたね」

 失ったもの、知らずに失っていたものは大きすぎて忘れることはできない。だけどそれ以上に、過去を乗り越え今に繋がったものの温かみが胸を焦がす。
 大切なもの、繋がりが増える喜びに胸が震え、全てを包み込もうとする温もりに泣きたくなる。

「ミザリア、一緒に大切なものを増やそう。だけど、一番近くにいれる権利は誰にも譲らない」
「はい。五歳で出会ってから今も一番はディートハンス様です。ずっとそばにいてください」

 どこまで疑いようのないまっすぐな言葉に、堪えきれず涙がすぅっと頬を伝う。
 ディートハンス様の存在が、温もりが嬉しくて、顔が緩むのを止められなかった。

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