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殺意①
しおりを挟む雪が音もなく降り続けていた。
どれだけ寒くても毎日採掘場に連れて行かれ、設けられた時間になるまで見張られる。
心配した精霊たちが手伝おうとしたけれど、私は彼らの申し出のすべてを断っていた。
「今日も収穫なしか」
「はい……」
魔石が採れなくなったのは私の問題ではないと示すために彼らの命令に従い行動はするが、決して彼らの望みを叶える気はない。
私は戸惑っているのだとわかるように眉尻を下げ、伯爵の前に立ち尽くした。反抗的になりすぎず、かといって役に立つと思われてもダメだ。
以前は虐げられたくなくて、心のどこかで認められたくて役に立とうと頑張っていたけれど、役立たずのレッテルを張られたいと思う日がくるとは思わなかった。
「生まれた時ほどではないにしろ、一度なくした魔力が戻っていることがわかったんだ。お前は聖力が、聖魔法が使えるはずなんだ。使えなければならない」
「…………」
取り憑かれたように『聖力』のことを口にする伯爵に、私は何のことかわからないと困ったように首を傾げた。
伯爵の後ろにはネイサンが控えており、執事として主の後ろに控えているだけのその表情からは何を考えているのか窺い知ることはできない。
ただ、術士であると知っているからか、そこにいるだけで怪しげな執事を前に油断はできないと気を引き締めた。
「ネイサン。どうなっている?」
「聖力が使えないのは、まだ魔力が全部戻っていないからではないでしょうか。私の見立てでは半分ほど魔力は戻っているので、全部戻ればもしくは」
「なら、戻るようにしろ! これは家門存続に関わることだ。公爵の企てが成功しても失敗しても金はいる。なんとしてでも鉱山の復活をさせなければお終いだ」
「尽力いたします」
怒鳴り散らす伯爵に対しネイサンは淡々と返す。
その返答に伯爵は眉を跳ね上げはぁっと息をつくと、しっしっと私に向かって伯爵は猫を追い払うように手を動かした。
「ちっ。親不孝者め。お前は戻れ」
「はい」
鉱山で働かせるため、直接暴力を振われることは今のところない。
だけど、怒りっぽい伯爵がいつ私に手を出してくるかはわからないので、私は頭を下げると素早く自分にあてがわれた本館の部屋へと向かった。
その際に私を監視する騎士がひとり無言でついてくるだけで、伯爵家には人気がない。
鉱山の相次ぐ閉鎖に伴い、この半年で伯爵家に残っている使用人は数えるほどになっていた。
あれからわかったことがある。
伯爵は私の母が精霊と深い繋がりがある家系だと信じており、私に聖力を使えることを期待していた。
魔石も精霊に力を借りれば見つけられると思っているようで、毎日伯爵家所有の鉱山へと連れて行かれる。
可能性だと考えてはいるようだが、それはもうほぼそうあるべきだと妄執に変わり、それ以外のことは許されない気迫が異常だった。
それを目の当たりにするたびに、私に聖魔法を使えることがバレてはならないと強く思う。
部屋に戻ると、この部屋以外勝手に行けないように足枷をつけられる。
見張りがいなくなると、体力と気力を使い疲れてベッドに倒れるように寝転んだ。
「王都はどうなっているのだろう……」
公爵の反乱や各地で暴れている魔物がどうなったのかまったく情報は入ってこなかった。
ディートハンス様たちを信じてはいるが、魔物の襲撃を最後に拉致されたのであんな魔物を相手に戦っていると思うと心配なのは変わらない。
「検査の時間です」
しばらくしてから、執事長が姿を現した。
先ほどの魔力の件なのだろう。私は身体を起こしネイサンを出迎えた。
ここに来てからほぼ毎日この時間にネイサンがやってくる。
毎日、成果がないまま帰るたびに伯爵に罵られ、それが終わり運悪く鉢合わせるとそれ見たことかとベンジャミンと伯爵夫人に責め立てられ、その後にネイサンとの対面が待っていた。
どれも苦痛の時間だったけれどただ耐えればいいだけなのに対して、一番気が抜けないのがネイサンだった。
連れてこられてすぐに魔力が半分戻ってきていることを言い当てたのはネイサンで、精霊たちもとても警戒していたので、やはりネイサンこそが私に忘却の魔法をかけた本人だと確信した。
いつも淡々と質問を繰り返しながら魔力を見て、最後に頭に手を当てて「忘れろ」と念じていく。
忘れるべき対象がどの範囲なのかがわからなくて、それらが作用しているのか自覚はないが変わらず精霊は見えている。
忘れることに対しての不安はあるが、聖魔法を使わせないように動くネイサンと使わせたい伯爵の思惑が違うことがはっきりした。
聖魔法のことはできることなら明かすことなく済ませたくてネイサンの思惑に乗るようにしてきたが、伯爵の苛立ちもありいつまでもこの状況は続かない。
こんな扱いを受けていても伯爵が気にかけるというだけでベンジャミンは相変わらず私が気にくわないようだし、夫人は憎んでいることを隠さない。
いつ、誰が、暴発するのかわからない状態。
種類はバラバラだけどそれがどう自分に向かってくるのかわからずずっと警戒していたけれど、ネイサンが動くようだ。
執事としての顔を決して崩さなかったネイサンだが、部屋に入った瞬間、正気と狂気の狭間を揺れ動くような不安定な瞳で私を見た。
「もう、うんざりなんですよ。くそったれ」
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