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帰還と緊急②

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 遠征から帰ってきても処理や通常の任務など騎士たちは出たり入ったりと忙しそうだったが、ようやくいつもの日常に戻った。
 相変わらず私のエプロンのポケットは食べ物でいっぱいだし、頭を撫でられる頻度が高くなっていた。

 私は彼らの気遣いや好意をくすぐったく思いながらも、恐れ多いとか申し訳なく思うのではなくなるべくその時の素直な感情のまま受け取るようになった。
 彼らの大きな手が好きだった。多くの人を守る手で優しく撫でられるととても安心する。

 それに、騎士たちはいつ誰が危険な場所に出向くかわからない。
 前回の遠征でも王都の騎士に死者は出なかったけれど、第十三騎士団では亡くなった方もいたと聞いた。
 それだけ危険な場所に身を置くこともあり、人を襲う魔物と戦っている彼らとの時間がとても尊く感じるようになった。

 何より、彼らの手が優しすぎて拒みたくないのが正直なところ。
 私にとって贅沢なご褒美のような温もりや空気は少しでも長くと思わずにはいられないものになった。
 騎士たちの遠征は私にちょっとした気持ちの変化をもたらしたけれど、徐々に遠征前と変わらず落ち着きだした時にそれは起こった。

 その日は前日までは涼しかったのに、じとりと暑く滴る汗が次から次へと出てくる気温が高い日だった。
 訓練を終え疲れて帰ってきた総長や団長たちは、各自部屋や談話室で寛いでいる。

 告げられた時刻に夕食の準備を終えて騎士たちが下りてくるのを待っていると、聞いていた時間になってもディートハンス様は現れなかった。
 連絡もなく大幅に時間に遅れるようなことをしない総長が、三十分経っても音沙汰もないことに訝しく思ったフェリクス様が総長を呼びに行ったがすぐにいつになく焦った様子で下りてきた。

「ディース様が熱を出して倒れている。すぐに医師を呼んで」
「わかった」
「ミザリアは水を用意して」
「わかりました」

 フェリクス様が何度ノックしても応答がなかったため部屋を開けると、ベッドにもたれかかるようにディートハンス様は倒れていたらしい。
 帰宅したままの騎士服姿で、息も荒く全身が発火したように熱かったそうだ。
 すぐさまアーノルド団長は緊急連絡用の魔道具で連絡し、私も慌てて氷や水、タオルなど用意した。

 それからすぐに飛ぶように医師がやってきた。
 正確にはアーノルド団長が連絡すると同時に寮を飛び出していったレイカディオン副団長と第六騎士団のニコラス様が、よぼよぼのおじいちゃん医師を抱えてやってきた。
 大きなレイカディオン副団長に抱えられぷらんぷらんと手足をぶら下げられた老人を見て、私は一瞬死体を運んで来たのではないかと悲鳴を上げた。

「きゃあっ」

 私の悲鳴が火付けとなったのか、老人はむくりと顔を上げるとレイカディオン様を睨み付けた。

「ほれ。お嬢ちゃんが悲鳴を上げるほどこの運び方はおかしい。老い先短いわしへの労る気持ちが足りん!」
「緊急です」
「だから抱えてきたのでしょう」

 ――あっ、生きてた。

 くわっと憤る老人の大きな声にほっとする。
 レイカディオン様が言うように緊急事態なのに、見てもらうはずの医師が死んでいたとなったら大変であるし問題が重なりすぎて渾沌としてしまう。

 何事もなくてよかったと安堵していると、老人はさらに上体を起こした。
 彼らの様子を見守っていた私はまた悲鳴を上げそうになって、両手で口を押さえた。

 レイカディオン様に腹を抱えられているから、腹筋がないとできない体勢なのにものすごい勢いで上がり捲し立てる姿はホラーだ。
 まるで押したら動くおもちゃのように、文句を言うたびに起き上がる。
 さっきまで死体と勘違いするような様子だったのに、あの体勢で話せるなんて逆に元気すぎて怖くなってきた。

「抱え方が気に食わん。圧迫死するかと思うたわ。それに毎度毎度お前らは。事前に連絡しろと言うているだろうが」
「緊急です」
「連絡はアーノルド団長がしたはずですが?」

 文句を言われようとも老人を抱えたままのレイカディオン様は先ほどと同じように『緊急です』と告げ、医師の鞄を抱えたニコラス様がにこっと笑顔で告げる。

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