上 下
5 / 127

路銀を確保しよう①

しおりを挟む
 
 いつもよりさらに暗闇が広がる新月の夜。
 私は伯爵家の大きな門をくぐる前で一度立ち止まった。

 屋敷を眺めると、一つの窓に伯爵夫人と兄の姿が見える。私がちゃんと出て行くのか確認しているのだろう。父である伯爵の姿はどこにも見えない。
 私は大きく息を吐き出した。

 成人とともに追放すると宣告されてから、最後まで伯爵は姿を見せなかった。わかっていたことだけど本当にいらない子だったのだなと落ち込む。
 血が繋がっているので、もしかしたら温情の言葉があるかもと心のどこかで少し期待していたみたいだ。

「わかっていたことじゃない」

 母が亡くなってからこの十年間、どれだけつらい境遇に落とされても伯爵は私に何もしなかった。それが答えだ。
 ミザリア・ブレイクリーからただのミザリアになった。もともと姓はあってないようなものだったけれど、今日が新たな一歩だ。

「母様、ごめんなさい。私、行くね」

 母が眠るこの地を離れることは心残りであるけれど、私の力ではどうにもできない。
 どんな時でも笑顔を浮かべていた母なら、気にするなと送り出してくれるような気がする。

 母にまつわるものを何一つ持ち出せなかったことは非常に悔やまれるが、伯爵夫人にすべて処分されてしまっているので諦めるしかない。もしかしたら伯爵が何か持っているかもしれないけれど、どうしようもないだろう。
 母が亡くなってから家族には何一つ良い思い出はないけれど、この土地には愛着があった。

 この時間の門番は外され、一切合切関わるなと通達されているのか誰もいない。もちろん出て行くところは確認されているのだろうけれど、お前は見送りする価値もない伯爵家と無関係の者だととことん知らしめたいのだろう。
 そんなことをしなくても十分わかっているのにねと、これが最後になるとゆっくりと門扉を押す。

「もうここには二度と戻らないわ。さようなら」

 自分の気持ちの整理と決意のためにも口に出して言葉にする。
 亡き母にため込むのは良くないとたまには言葉にして思いを吐き出すといいと言われていた。
 母もたまにそうやっていた。可憐な印象を持つ母だったけれど、吐き出すときは口が悪くこそこそと二人で言い合い最後には笑い合ったのは思い出だ。

 そうすることで鬱屈したものや、ちょっとしたわだかまりが一時的にだけど出ていく。
 そうしているうちに落ち込む気持ちが前向きになっていくので、なんとか母が亡くなってから気持ちが潰れず十年間やってこれた。

 十六歳で追放されることがわかっていて、これまで私は何もしなかったわけではない。
 少しでも外の知識を仕入れようと、魔石採掘の仕事中に周囲の様子を観察し話に聞き耳を立ててきた。

 手を踏まれ頬を叩かれたが、三日分ほどの食料とぼろぼろの衣服などの持ち出しは許された。
 成果はしっかり得ている。

「とりあえず、採掘場の近くに寄って夜を明かそう」

 幸い夏も近く夜中に放り出されてもなんとかなるだろうけれど、獣の心配はある。慣れた場所ならどんな獣がいるかわかるし、今からは宿探しもできないしまず路銀がない。
 お金が欲しいなんて言えば食料までも取り上げられそうだったので、伯爵家で使えなくなり部屋に置いてあったくず魔石を持っていくことを願い許された。

 なんとも心許ないが、これが私の全財産。
 ないものを嘆いても仕方がないので、今あるもので先を考えていくしかない。

 すり切れた靴でしばらく歩いていると、ふわりと私の視界に柔らかな光が灯った。
 しばらくすると、私の周りをいくつかの丸い光がふわふわと浮かび上がる。

「案内してくれるの?」

 昔からこの光は見えていて、小さい頃はもっとはっきり見えていたらしいけれど魔力喪失とともにたまに淡い光が見えるだけになった。
 らしい、というのは五歳以前のことはうまく思い出せないからだ。

しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど

monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。 でも、なんだか周りの人間がおかしい。 どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。 これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

処理中です...