【完結】僕と先生のアヤカシ事件簿 〜古書店【眠り猫堂】で 小学生と女子高生が妖怪の絡む事件を解決します〜

馳倉ななみ/でこぽん

文字の大きさ
上 下
23 / 36
宇宙のリゲル

その6・完

しおりを挟む
 先生が向かったのは、商店街の南端。

「せ、先生……ここは……」

 そうです。音津神社です。

 僕の顔も引きつります。

「……言うな。分かってる……」

 そりゃあ、まあ『頼りたくない』でしょうねぇ……。

 なにせ相手は、ちょっと前に先生が、問答無用でぐーパンチを喰らわせた方なのですから……。

 ぴんぽ~ん!

 僕らの間に漂う妙な緊張感とは裏腹に、間の抜けたチャイム音が響きました。

「……はーい? どちらさ――……、」

 私宅の引き戸を、ガラガラと開けて出て来たのは、

「!!
 ぎゃーっ! てめ……っ! ユタカ!」

 よりにもよってアキラさんでした。

 後ろには、やっぱり今日も二足歩行の音津さんがいます。

「ぬけぬけと……!
 何しに来やがった!?」

 しごく当然の事ながら怒るアキラさん越しに、僕は音津さんに向かってぺこりと挨拶しました。

 音津さんも、嬉しそうに細いヒゲをピクピクさせると、ぺこりと頭を下げて――……バランスを崩してよろめきました。

「用事があるのは私ではない」

 先生は憮然とした表情で、

 ずいっ。

「え? え? え?」

 あろうことか、楓さんを前面に押し出します。

 かわいそうに、二人の間に挟まれてオロオロする楓さん。

 と。

「…………」

 アキラさんの怒りの表情が消えました。

 かと思ったら、唐突に楓さんの手をとって、

「――何かお困りですか? お嬢さん」

 微笑んだ彼の歯が、キラリと光った気がしました。

「先生! 寒い! 寒いですっ!
 一足先に、ここだけ冬将軍が攻めて来ましたよーっ!!」
「今現在、楓さんが困ってる原因は、アキラ、お前だろう」
「てめぇら……!」

 事情を説明した僕らをアキラさんは社務所に招き入れ、そこに残して、自分はどこかに行ってしまいました。

 やがて戻って来た彼の手には、40センチ四方の大きさの木の箱が。

「それか……」

 呟く先生に、アキラさんは無言で頷きました。

 な、なんで、金髪大学生のアキラさんが、そんな稀覯本持っているのですか!?

 僕の怪訝な表情に気付いたのでしょう。
 右手を振り振り、先生が言います。

「私が《地下迷宮》に出入りしていることに気付いたジイさんは、お気に入りのレア・漫画いくつかをアキラに預けたのだ」

 ジイちゃん、そこまで孫を疑わなくても……。
 ……いえ、そこまで信用されない先生が凄いのでしょうか……。

 僕が何とも言えない表情をしている横で、アキラさんは木箱を畳の上に置き、ゆっくりと蓋を開けました。

 真綿の布団の上に、それは鎮座ましましていました。

 四隅には、シリカゲルに似た何かの小袋。

 楓さんが言っていた通り、サイズは少年マンガより二周りほど大きいです。

 表紙には、構図や背景などが違いますが、あの哀しい目をした男の子がいます!

 そして、タイトルは――……、

『ルゲリの宙宇』

 ……あ。今とは違って、右から左に読むのですよね。

「こ、これ……!」

 見開かれた楓さんの瞳から、ぽろぽろと大粒の雫がこぼれ落ちました。

「……あ、ご、ごめんなさい……!
 貴重な本を汚しちゃ駄目ですよね……!」

 赤い目をごしごしこする彼女を見て、僕と先生は顔を綻ばせました。

 しかしアキラさんは、難しい表情のままです。

「あの……触っても……?」

 上目に問う楓さんに、

「その前に、聞きたいことが有るんです」

 先程の軟派な態度はどこへやら、真面目な口調で問います。

「ひいお祖父さんの名前は?」
「え? 金蔵です」
「ひいお祖母さんは?」
「よ、よねですけど……」

 それが一体、どうしたというのでしょう。

 アキラさんは、しばし逡巡する様にじっと『リゲル』を見た後、おもむろに木箱の蓋を閉じてしまいました。

「ちょ……っ!」
「おい、アキラ!」

 思わず腰を浮かせた僕らにはお構いなしで、アキラさんは箱を両手で持つと――――楓さんに向かって差し出しました。

「――――これは、あんたのもんです。
 持ってて下さい」


       ***

 夕暮れの境内。

 何度も何度も頭を下げる、楓さんの姿が見えなくなってから、

「――で。どういう事だ?」

 先生は、妙にニヤニヤしながら、アキラさんをつつきます。

「君が、女性に車を貢げる程の金持ちだとは、知らなかったよ」
「ちがうっちゅーのっ!
 ……ジイちゃんに謝って……あ、バイト増やさないと……」

 良く見れば、アキラさん、涙目です。

「……あの本、ぱっと見、美品なんだけどな、実は難有りなんだよ。
 カバーの裏に相合い傘の落書きがあんの。
『キンゾウ・トメ』って」

 楓さんの、ひいお祖父さんの名前は『金蔵』です!

 ……あれ?
 でも、奥さんは米さん……。

「今となっちゃあ確認しようがないし、全部推測だし、実際はそんな綺麗なもんじゃ無かったのかもしんねぇけど……。
 あれ、ラブレターだったんじゃねぇのかな……」

 ……ああ、そうか……。

 貸本屋のおかみさんの名前が、もしも『トメ』さんだったとして。

 キンゾウさんはどんな思いで、何度もそれを借りたのでしょう。

 トメさんはどんな気持ちで、それをキンゾウさんに託したのでしょう。

「……先生」

 長く伸びる影に、宙の暗さを重ね合わせて、

「リゲル少年は、幸せになれましたよね……?」

 ただ先生は、優しく目を細めただけ。


 天には一番星が輝いていました。


          《宇宙のリゲル・終》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】ぼくンちの女の子【短編】

馳倉ななみ/でこぽん
キャラ文芸
僕のウチには女の子がいる。 僕にしか見えない女の子だ。 黒い髪。 白い肌。 それに真っ赤な唇。 赤い振り袖を着て、すっごくえばってるんだ。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ろまけん - ロマンシング剣闘 -

モノリノヒト
キャラ文芸
『剣闘』  それは、ギアブレードと呼ばれる玩具を用いて行われる、近未来的剣道。  剣闘に興味のない少年が、恩人の店を守る為、剣闘の世界へ身を投じる、ザ・ライトノベル・ホビーアクション! ※本編の登場人物は特別な訓練を受けています。 お子様が真似をすると危険な描写を含みますのでご注意くださいませ。 *小説家になろう様にも投稿しています。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...