上 下
13 / 36
眠り姫の家

その7

しおりを挟む
 先生に付いてやって来たのは、商店街の南の突き当たり――――音津ねづ神社でした。

 最初の石造りの鳥居をくぐり、神社にしては比較的短い石段を上り、更に二番目の鳥居をくぐります。

 すると狛犬の代わりに、向かい合う二匹のネズミの像が現れました。

 暗くて良く見えませんが、どうやら片方は巻物、もう片方は二胡の様な物を持っているようです。

 先生はその奥にある拝殿を右手に折れて素通りし、私宅へと向かいました。

 本殿の奥、塀の向こうに有るのは、ごくごく普通の二階建てのおウチです。

 ピンポ~ン!

 先生がチャイムを鳴らせば、しばしの間の後、

「……はーい!」

 ガラガラと玄関の引き戸を開けて、神社のおばさんが出てきました。
 
 小柄でいつも笑っているような顔をしたこのおばさんが、ハンニンだというのでしょうか?

 しかし先生は、

「あらユタカちゃん」

 顔のシワを笑みの形に深めるおばさんに、

「すみませんおばさん。アキラいますか?」

 無表情のまま言いました。

 アキラ……さん?

「はいはい居ますよ。
 アキラーっ! ユタカちゃんよーっ!
 さ、ユタカちゃん。上がって上がって――……」
「――待て! 待て待て待て!
 上がるんじゃねえぇっ!」

 おばさんの言葉が終わらぬうちに、

 ドタドタドタドタ!!

 物凄い勢いで二階の階段を降りて来る人がいます。
 髪を金髪に染めた大学生くらいのお兄さんです。

 ――――しかしそれよりもその後から来るものに、

『うわっ!? うわああぁっ!?』

 僕とシグレさんは声を揃え、体をのけ反らせて叫びました。

「何ですかアレ!
 何なんですかアレ!?」

 二足歩行のでっかいグレーの、ネズミですっ!!

 背丈は僕と同じくらいあります。

 着物を着て烏帽子を被り、左腰には巻物を差し、背中には二胡を背負っています。

「何なんだっ!?」
「何なんですかーっ!?」

 パニクる僕らを、おばさんと降りてきたアキラさんはぽかんと見つめています。

 どうやら二人には見えていないようです。

「落ち着け」

 小さい声で先生が言いました。
 真顔です。

「――あれは音津さんだ。
 近所に住む、ただの毛深いおじさんだ」

『嘘だあーっ!!』

 再びハモる僕とシグレさんの声。

 しかし先生はそれ以上説明する気はないようで、アキラさんに睨むような視線を向けました。

 それを受けて金髪アキラさん、無理矢理引きつった笑顔をおばさんに向けると、

「大丈夫だよ母さん。
 はっはっはっユタカちゃん・・・・・・ちょっと外で話そうか」

 先生が無言で頷いたので、僕らは神社の境内まで戻りました。

 ……やっぱりアキラさんの後ろを音津さんがついて来ます。

 歩幅が短いせいか小走りです。

 心配そうにオロオロと、先生とアキラさんを交互に見比べています。

 ……あ。転びました……。

 すっかり日の落ちた境内で、先生とアキラさん(と音津さん)は対峙しました。

「――で、何の用だよ?」
「うむ。ちょっとこれを届けようと思ってな」

 ツカツカと、先生は無造作にアキラさんに近くと――……、

 ボグっ!!

 ぐ、ぐ、

「グーで殴った!!」

 僕の心の声をシグレさんが代弁してくれました。

「――なななな、何するんだ、てめぇっ!!」

 殴られた左頬を庇いつつ、アキラさんが目を白黒させました。

 当然の反応です……。

 その後ろには、転んだせいでしょうか、それともアキラさんが殴られたからでしょうか、目にいっぱい涙を溜めた音津さん。

「――やかましい」

 低い低い声で先生が呟きました。

 殴ったはずみで乱れた髪の隙間から、鋭い瞳がギッとアキラさんを――その後ろの音津さんを捕らえました。

「お前の家のアホがやらかしてくれた。
 代わりに殴られておけ」
「な、何の話しだよ……!?」

 先生の迫力にアキラさんの勢いが弱くなります。

 先生は、ボロボロ涙を流している音津さんを、射殺すような視線で見詰めました。

「いいか。今回も――そしてこれからも、私の友人に何かあったら、
 私は お前を 許さない。
 決して、決してな……」

 噛んで含めるような彼女の言葉に、音津さんはしょぼんと耳を垂れさせました。

「行くぞ」

 一人と一匹に背を向ける先生を、僕らは慌てて追いかけました。

「――お、おい」

 石段を降り終えて、僕らはやっと先生に声をかける事が出来ました。

 シグレさんが様子を伺いつつ、先程の説明を求めます。

「さっきのでかいネズミが『犯人』なのか……?」
「そういう事だ」

 お店への道を進みながら、先生は前を見据えたまま頷きます。

「リセと母親の行動の共通項は、あの神社のアホネズミだ」

 ……アレって多分、神様か何かなんですよね?
 それを『アホネズミ』って、先生……。

「おそらく経緯はこうだ――……」

 商店街の入口。
 迷い無く進む先生の背中が、街灯のスポットライトを浴びて白く輝いています。

「リセの『学校へ行きたくない』という願いを聞いたアホネズミは、人の世のことわりも知らんのに、彼女を『迷ひ家』に招き入れた。
 リセが『混入』したことによって、彼女の理想、及びに馴染み深い姿へと『迷ひ家』は変化した」

 それがあの洋風な『迷ひ家』の正体ですね。

 商店街の店々は既にシャッターが降りています。

 代わりに街灯の下でぽつんと一台、屋台の飲み屋さんが開店の準備をしていました。

「リセの母親が言っていたな。
『5日前にリセの容態が急変した』と。
 そのままいけばおそらく彼女の肉体は機能を停止し、リセは永遠に『迷ひ家』に囚われるところだったのだろう」

 先生の予想に、僕は心臓を冷たい手でギュッと掴まれた思いでした。

「だが今度は彼女の母親が『リセを死なせないで』と願を掛けた。
 ここで矛盾が生じる。
 この矛盾を解消する為に――リセを生かしたまま『迷ひ家』を維持する為に、ネズミはあるモノを用意した――……」

 先生がスッ――……とこちらを、僕を指差しました。

「―――そう。
 君だよ、ヒカル君」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜

西浦夕緋
キャラ文芸
15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。 彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。 亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。 罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、 そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。 「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」 李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。 「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」 李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

遥か

カリフォルニアデスロールの野良兎
キャラ文芸
鶴木援(ツルギタスケ)は、疲労状態で仕事から帰宅する。何も無い日常にトラウマを抱えた過去、何も起きなかったであろう未来を抱えたまま、何故か誤って監獄街に迷い込む。 生きることを問いかける薄暗いロー・ファンタジー。 表紙 @kafui_k_h

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

恵麗奈お嬢様のあやかし退治

刻芦葉
キャラ文芸
一般的な生活を送る美憂と、世界でも有名な鳳凰院グループのお嬢様である恵麗奈。  普通なら交わることのなかった二人は、人ならざる者から人を守る『退魔衆』で、命を預け合うパートナーとなった。  二人にある共通点は一つだけ。その身に大きな呪いを受けていること。  黒を煮詰めたような闇に呪われた美憂と、真夜中に浮かぶ太陽に呪われた恵麗奈は、命がけで妖怪との戦いを繰り広げていく。  第6回キャラ文芸大賞に参加してます。よろしくお願いします。

処理中です...