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ゼイン王子の話 ①
しおりを挟む「………………これは……本当にリリアーヌがやったのか…?」
「……………は…はい、間違いありません」
とある王城の一角_ _
そこにはいかにも高貴な……優しげな雰囲気を纏う少年と、その少年に群がる大人、そして数名の王族と、多種多様な人々が1箇所に大勢集まっていた
基本的に王城という場所は人々が群がるようなところでは無い
王城に用があって赴いてくる者達の目的は様々だ
それに彼らは基本的に忙しいため行き来する場所も時刻もばらばらで、同じ場所に何人も集まることがほぼない
そんな王城に何故ここまでの人だかりができるのかーー
それは彼らの前に展開されたありえない状況が原因であった
「由緒ある王城の廊下がこんな…………ぐすっ…ずびっ……」
「ど、どうやったら国1番の耐久性を持つ王城の床や壁や天井にこんなにも大きな穴をいくつも空けられるんだ?」
「…………竜巻でも通り過ぎていったのか?」
「あっはは!!これは壮観だな!!!!!力強くていいな!!」
「感心する要素がどこにあるんですか議長…」
「まるで廃墟だな……………」
「闘技場の間違いだろ」
「もう開かれていない廃れた闘牛場を思い出したよ!」
「闘牛場の方が断然マシだろ……………ここより」
昨日まで美しい彫刻と装飾で豪華絢爛であった謁見の間へと続く廊下は、見る影すら無くしていた
崩壊寸前で、今は何とか廊下としての形状を保ち耐えているような状況である
「……リリアーヌはまだ10歳。身体もまだそこまで大きくないし…何より細い子だ。こんなことを出来るとは思えないのだけれど?」
王子の言い分は事情の知らない者が聞いたら全員が納得するだろう
長い廊下に残された数々の大きな穴はそれぞれがかなり大きく、とても一撃で出せるようなものでもない
何より王城の廊下の天井は高く、幅は広く、距離も長いため、ここまでの崩壊具合は王女とは結びつけにくい
「………冗談で王女の名を使うのはどうかと思うが」
眉尻を下げ困ったように言う
「「「「「「「「「違うんです王子!!!本当に王女様がこうなさったんです!」」」」」」」」」
「……………………そ、そっか…」
王子はこの時初めて団結力の力を知った
「何故リリ…………リリアーヌのせいだと言うのかしら?」
ここにきて初めて、この問題の当事者の保護者であるエーテル側妃が声を上げた
「…………ほぁっ……ほ…本人がそう仰って………」
エーテル側妃は誰もが認める美しい容姿を持つ
だが柔らかい表情が抜けると一気に冷たい印象になるのだ
周囲の温度が少し下がった
「すみません」
彼女にとってリリアーヌの話は地雷である
「…ほんともう助けてください側妃様」
「我らに対してあんな力を使われたら一撃で昇天してしまいます………!!!!」
「こ、ごろざれる………」
「あの猛じゅ………王女様を止められるのは側妃様だけです……」
王城で働いている誇り高き者達は、王女を前に恐れおののき震えて涙流していた
「………ゼイン王子、リリアーヌに話を聞きに行くから貴方も着いていらっしゃい」
ため息をついた側妃は、隣で対応に困っていた王子に提案する
「分かりました」
ーーーーー
「………………リリアーヌ?いるか?」
「リリ」
目の前のかなり廃れた扉は閉ざされていて開きそうにもない
「返事はありませんね…」
城から離れた離宮
ここに数年前王女になった少女が一人住んでいる
つい最近までエーテル側妃様と暮らしていたようだが、ようやく個人の部屋を与えられた
彼女以外誰もいない場所だが
多くの人が出入りする王城で会ったことはあまり無い
ほとんど接点は無かったが………最近は……………
「…………どうして私をここに連れてきたのですか?」
近頃気になっていた事だ
リリアーヌを養子として迎えた側妃様は何かと彼女に会わせようとしてきた
「…………………何故そんなことを聞くのかしら?」
「気になったのです。ここ最近側妃様は何かとリリアーヌと接点を作ろうとなさるので」
「ふふっ」
ど、どこに笑う要素があったんだろうか………
本当に変わった方だ
クシアがなくなって暫くは人に会うことすら拒んでいたお方だ
もう過去の話になりつつはあるが、落ち着いてからもあまり話す機会はなかった
だがこうして今、隣に立って笑っていらっしゃる
「貴方をリリに近づけさせようと思ったのは、貴方が善良だからよ」
考え込んでいると頭の上から声がかかった
「ぜ、善良………ですか?」
「えぇ」
つ、つまり…………………
どういうことだ………?
「貴方は表立って動いてはいないけれど、立場の弱い異母妹を気にしていたでしょう?」
「それは…突然連れてこられた彼女が少し心配だっただけで、同情に近いものです。…………気にしていたことは否定しませんが…」
「同情しているからこその王女に対する心配だったとしても、貴方は少なくとも他の兄弟の誰よりも兄としての役目を果たしていた」
「そ、そうでしょうか……」
「………………化け物のような王とは似ても似つかない」
化け物?!
「そ、そんなことをここで言ってもいいのですか?!」
な、なんてことを言っているんだこの人は………
彼女にとっては夫であり、しかもこの国の王に対して…………
化け物………………
とんだパワーワードだな…………
「あら、否定はしないのね」
「っ………………」
……………………………試されたな
………確かに、異母妹をなんの躊躇いもなく殺している父はかなり異常だ
元第3王女…………クシアは私に懐いていた
母親は違ったが、何かと声をかけてくる妹は可愛いかったし、大切にしたいと思っていた
それに、彼女から学ぶことも多かった
この国の王の妃の頂点に立つ、王妃である母が私に期待をしていなかったのもあって
王子としての役目をほとんど放棄していた私には、クシアは『王族としての手本』だった
本当に情けない話だ
2歳年下の妹のはずなのに、わずか6歳から慈善活動と称した、孤児院や病院を彼女に与えられた費用の多くで建設していったのだから
多少大人の力を借りていたとしても、それは彼女の意思だった
同世代の子供が親のお守りの下、庭で元気よく駆け回っている時に、
彼女は輝きに満ちた表舞台の裏側に赴き、現実をしっかりと見つめ、決して目を逸らさず、人々の嘆きの涙をすくい上げ、未来を見いだせる温かな場所を提供した
そんな人間の「象徴」とも呼べる妹が…………誰かの心の支えとして存在できた愛する妹が………………死んだと聞いた時は絶望した
…………その原因が私の、彼女の、父親であるということも含めて
妹の欠点をあげるとしたら、
こんな世の中の憎悪を集めて出来たような父の元生まれてきたことだけだった
「イアン王子、私はね、リリアーヌがとても大事なのよ」
「え?」
そう言うと、美しいドレスの裾を持ち上げ離宮の前に置かれた椅子に腰を下ろしてこちらを見据えてきた
「リリは…………………王の被害者よ。ここに来なければ彼女は自由だったし、産みの母と共に何処にでも行けたはずなの」
遠くを見つめた目はどこか悲しげで、何かを思い出しているような表情だ
いつも威厳を纏った普段からは絶対に感じない彼女がそこにいた
「彼女は王の欲望の犠牲となり、王女になったけれど……………………あの子の権力は私が養母になった今でも弱い。………………物理的な力は強いようだけれどね」
「はは………」
乾いた声しか出てこない
先程の廊下の件を見せつけられると、激しく納得してしまう
側妃様は王城の件はリリアーヌがやったと分かっているのか…
「貴方には言うけれど、リリアーヌは尊敬していたり信頼している相手に対して適当なことはしないわよ」
「そうなんですか?」
「あの子が反発するのはつまらない………欲にまみれただけの人間だけよ」
ゾク…
………一瞬エーテル様の闇が見えたような気がする
「ゼイン・スピリアル・エピスィミア第1王子殿下」
「はっ………」
エーテル側妃様のような位の高い女性が私をフルネームで呼んだということは………
嫌な予感がする
これは………………
「リリアーヌ・イノセンス・エピスィミア第3王女………貴方の妹を公の場で………庇護下にあることを皆に知らしめて欲しい」
「エーテル側妃様、それは…」
………彼女の後ろ盾になって欲しいということか
確かにエーテル側妃が私に提案するのはある意味正しい
王妃である母は実の息子である私や夫に関心がない
頼んでも、面倒事と判断されて拒否されるに違いない
他にも何人か受け入れてくれそうな後ろ盾になれる人はいるが…………
いくら12歳の少年とはいえ、私も第1王子
王妃が産んだ唯一の息子であり、その王妃本人は先代王の弟の娘だ
王太子ではないものの、父も母も王族で王位継承権は第1位
後ろ盾にはもってこいだろう
だが……………
「貴方に協力しましょう」
「え?」
「ふふっ……あまり身構えないで。私は別にまだ12歳の少年を虐めたい訳じゃないのよ」
どういうことだ?
特に様子に焦りは見られない
拒否されるかもしれないという考えはないのだろうか?
余程自信があるのか………?
「貴方が望めば、私の権力をもって願いをひとつ叶えましょう」
「!」
「何でも構いません。遠慮など必要ない。……私が管理している場所の公爵家の領土を譲ってもいいし、何なら国をも作られる。あとは………貴方を王太子に据えることも出来るわ。まぁ………………………貴方の父がいるから王には出来ないけど……………今は」
…………この人は正気か?
精神治療の過程で何か不具合でもあったのだろうか?
とても冷静とは思えない
まだ治療を継続するべきでは?
この提案は彼女にとって最上級の対価だ
エーテル側妃は王やその直系の親戚を除き、この国で最も血統に正統性をもつ方…
彼女の父親であるローゼンバルト公爵の唯一の娘であり、母親もまた歴史ある公爵家の娘
高い魔力を保有する公爵家2つの血を引く人であり、王でさえその存在を無視できない
私でさえ、王妃である母や第1王子という名目を持っていても彼女にはどの面から見ても劣ってしまう
また彼女自身も側妃の位を持ち、控えめな生活を送っていることから民からの人望も厚いという実績を持っているという事実
そんな人からの破格の提案
こんな提案をされれば多くの人が答える言葉はひとつ
「お受けします」の一言につきるだろう
………………私の答えは決まっている
「お断りします」
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