男装王女と、冷酷皇子の攻防

𝑹𝑼𝑲𝑨

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四章

鍛錬会・準備期間③

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…ふむ







教卓に置かれた魔導辞典から視線を上げ、真っ直ぐな目でこちらを見据える青年の顔を見る





エピスィミア王国第3王子イアン…




彼がハテサルに訪問し、更にはこの学園に入学してくると聞いた時はかなり驚いた






他国との交流をせず、閉鎖的な国を象徴するかのような王子


唯一周辺の国から好評のある社交性の高い第1王子も含めて、内情を示す情報は殆ど出回っていない


元々エピスィミア国王には何人もの子供がいるのかすら分かっていないのだ



どんな王子なのか分からないまま、担当する教授らは半分緊張半分好奇心の心持ちで迎えることになったが…




あのイザーク卿と互角に闘えること



学園に入学するにあたって必要である情報は向こう側エピスィミアの提供から魔法レベル6だということは分かっていたが、
先日の戦闘でレベル8のイザーク卿とほぼ変わらない実力の持ち主だったということが分かったと伝えられた




ましてや戦闘中に何か言葉を発する余裕があったというのだから、

もしかしたら卿よりも高い力の持ち主の可能性があることには驚きだ



イザーク卿が得意である闇属性の魔法とは相性の悪い光魔法を扱っていたという話を耳にしたが、

卿が考えるに、王子が扱っていた光魔法は他の使用者とは少し異なるらしい


その場にいれば私も何か分かっただろうか




そもそもエピスィミア自体が世界において謎に満ちているのだ

その代表とも言える王族の1人が、
何か不思議な力を扱えたとしても別におかしくはないが…






また、未知数だった学力が座学の得点によって浮き彫りとなったことは衝撃を受けた


まさか満点を叩き出すとは思いもしていなかった

ルクスの学生でも満点はかなり珍しいものなのだが………



エピスィミアでは高度な教育が施されているのだろうか?



ハテサルは基本的に侵略で領土を広げてきた歴史があるため、教育に関しては不十分なところがある

エピスィミアのような建国以来殆ど変化の見せない歴史の深い国ならば、そういった環境面にも目を向ける余裕はあるだろう





……………まあ、とにかく優秀な王子であることには違いないだろう

性格に関しては………なんとも言い難い所もあるようだが





ただでさえ他人にあまり関心の持たない無情な皇太子が在籍しているというのに、他国の不確定要素を抱えることに多くの教授らは難色を示してしたが、

思ったより扱いにくい性格の王子でなかったのは幸いといえよう


これ以上、我ら教授陣の位を上回る厄介な生徒が増えても困るからな








「………俺の言葉は信憑性が薄いのか?」

「イアン…お前は初めで躓いつまずいてるだろ?バナナに執着するお前のイカれた姿は何人も見てるんだから当然だ」

「ジーク…………ジークフリートは強いしなぁ。皆がああいう反応するのも無理ないのかもな!あ、でも気落とすなよ!相手が悪かっただけだって!」

「腑に落ちないんだが」

「諦めろ」





………………とにかく、この様子ならば良い学園生活を送れるだろう



周りの学生も特に他国の王子だからといって謙遜する素振りもない


我が国の皇太子が近づきにくい雰囲気を出している分、話しやすい相手なのだろう


それに学力も十二分なのだから、他の生徒の刺激ともなる良い生徒になるはずだ






不服そうな顔をした青年を見据える



「ここに書かれた内容は間違っていない」



学生のために作られたこの厚みのある辞典こそが、魔法の歴史を具体化している

何百何千とも培った知識は、歴史そのものであり真実に近い



「だが君が言った方法も、間違いでは無い」



こちらを見つめる瞳が見開く

「それなら…」



 不服そうな様子にかつての自分の姿を重ね、思わず苦笑する





長いこと愛用している白い手袋を外し、右手を前に持ってくる



『Folge meinem Willen(我が意に従え)』

『Eine edle Umarmung(高貴なる抱擁を)』






唱えると同時にかざした手の前に魔力が集まってきて、古い文様の入った美しい水柱で出来たバリアが張られた



「すごい………」
「流石リトラス卿だ…」

生徒の方から感嘆の声が上がる




座学担当とはいえ、魔法学の教授として魔法が上手く扱えないなどあってはならない

教師は生徒より憧れられる存在でなくては直ぐに舐められるのはこの世の摂理だ








「基本的な方法が効率がいいのは確かだ。どの場面においても魔力量には限りがある」



王子の指摘に沿った方法で展開する

魔力の流れは比較的控えめで、大量な魔力を要する防御魔法にとって魔力の削減は有効だ




だが………








よく目を凝らしてみると、予想通り魔力の流れが弱くなっている部分がある

目の前に展開すれば意識が集中するためより硬い守りが出来るが、死角には魔力が込めにくい



防御魔法において、作られた魔力の壁を破るときはそういった隙が狙われるのだ

いくら完璧に方程式を組み立てても、複雑な方程式が延々と並べられた魔法陣にはずれが生じる






魔法を解き、前を見据えて腕を組む


「基本的な方法が、必ず簡単であるとは限らないのだ」



彼にとっては容易いのだろう

こちらを見る目は不満げであることに変わりはない



「学生には難しいから、わざと効率の悪い方法を教えるということですか?」

「今の段階では、だ。君のように皆優秀であればいいが、他の生徒にはまだまだ理解出来ていない者も多い」

「あとから教えると」

「イアン王子がその時まで在籍しているかは分からないが、来年になれば応用のさらに発展として触れることになるだろう」

「へぇ………」

「他に質問はあるだろうか」

「いや、大丈夫です」




彼のように常に疑問を持つ者が増えれば、ハテサルはもっと発展するのだが…




ハテサルは文学の歴史が浅すぎる

戦争ばかりやるのではなく、そろそろ国の方針も切り替えるべき時期だ


そのためにまず、隣国であるエピスィミアとの国交を進めていくべきなのは間違いない

エピスィミアと国交が本格的に始まれば、周辺国もハテサルの体制を認めることだろう






ジークフリート皇太子もまた文武両道の天才だ

イアン王子のような優秀な王子となら上手くやれるのではないだろうか



ちょうど鍛錬会も迎えることだ

これを機に国を背負う者同士仲良くしてもらいたい



どこの国とも交流をしない隣国と、国交を開ける架け橋となる友情を築けることを今は祈るとしよう












「よろしい。では次の攻防編を………クレイ、説明しなさい」

「……………」

「リュカ・クレイ」


先程まで問答していた王子の隣にいるというのに、何故気づかないのだ


「えっ、俺ですか?」

「他にクレイがいるのか」

「いないと思います」

「早く読みなさい」



このクラスは呼ばれても返事が出来ない呪いでもかかっているというのか




「えっ…と、防御魔法展開に関することわり。魔法ーー」

「クレイ」

「はい!」

「それは防御編だ。先程イアン王子が説明しただろう」

「???」

「リュカ、1ページめくれ」

「1ページ?」

「逆」


ハテサルの未来が不安でならない








ーーーーーーーーーーーー












「イアン、お前結局どの種目に出ることにしたんだ?」


共同スペースのソファで寝転がっていると上から声がかかった


「鍛錬会の種目のこと?」

「………全部に出るって言ってただろ?結局どうするのか気になったんだよ」

(あー…)


侍女のレイラがここに訪問?しに来た時に、鍛錬会の種目についても話をした

話をしていた時は全部出場すると言っていたけど…………





どの競技も日頃の癖が出てしまう




以前のイザーク卿との一件で多くの教師や生徒から視線を感じることが多くなった

イアンの魔法士としての階級は6だ

光魔法も使ってしまったし、今魔術を競う種目に出れば
どう頑張っても注目を浴びてしまうのは間違いない



(………魔術はダメね。多分だけど、出たらイアンに殺されるし)


後は体術と剣術だけど………


アメリアがなあ…来るのよね…




あの子は(私から見ても)変わっている

シエル姉上に似てすごく可愛くて性格も穏やかだ

多くの人に好かれていて、
特に私に懐いてくれているのだ



他にも妹はいるものの、ケットウがどうたら言ってくる妹よりは
『お姉様だーいすき!!!』
と抱きしめてくれる妹の方が可愛い



だが城の外の世界を知らない分、好奇心が旺盛なのだ


私の部屋に時間さえあればすぐやってきて、今日あったことを聞きたがる

特に裏通りのガラの悪い連中をボコボコにした話は特に気に入ってくれていて、




なんなら

『大きくなったらリリお姉様と一緒にガラのわるいれんちゅうをぼこぼこにしに行きたい!』

なんて可愛い声して恐ろしい事まで言い始めている



体術は…………………諦めよう

教育に悪いわ






「とりあえず………剣術だけに参加しようかと思ってる」

「一気に減ったな」

「………………妹が来るからさ…流石に強めのものには出ない方がいいかなって思った」


体勢を起こしルームメイトの顔を横目に見る


(魔術についての理由を聞かれたらどうしようかしら)


反応が気になって様子を見ようとしたが、向こうの顔を見て思わず振り向いてしまった

シルヴァンの瞳は大きく開かれ、こちらを凝視していた




「………………妹?」

(え、何そんな驚くことなの?)

「他にも親戚は来るらしいが……」

「……………………」



(もしかして鍛錬会ってそのものが、見るに堪えない強めのものだったの?あ、アメリア……来たらまずかったのかしら)


テーブル近くの椅子に座っていたシルヴァンがこちらに向かってきたせいで、つい戦闘の体勢をとってしまったのは仕方がないだろう

顔を俯けたままこちらに向かってくるので、どんな表情なのかは分からない

ソファの前までやってきて無言で何かに震えている




(や、殺る?もう殺っちゃう???)



「もしかして………………」

ようやく口を開いたのは数分後だった

「な、何?」





「ゼイン王子も…………………来るのか?」

「は?」

「いや、兄弟が来るならあの方も………」


なんで突然兄上の名前?


「前に言っただろ。会ったことがあるって」

「!」



確かに聞いた

以前出た何かの大会でシルヴァンと少し話す機会があったと言っていた


「ゼイン兄上も来るって聞いてる」

「ほ、本当に?」

「だけどお忍びらしいから………話す機会はないと思う」



私も兄上達と話せるかどうか分からない

本当はシエル姉上やアメリアにも会いたいけれど、ボロが出ると困るからってレイラがなんとしてでも会わせないようにしそうだわ



「その…………イアン」

「ん?」

「当日………ゼイン王子に会えるように手を回してくれないか?」

「え…何で俺が?自分で探せばいいだろ」

「向こうは隠れて来てるんだ。会おうと思ってもそう簡単には会えないだろ」


(まぁ確かに)

兄上含め、エピスィミアの住人は隠れるのが上手い

おそらく変装や魔法等で見つかりにくいよう雲隠れしながらの来訪だろう


シルヴァンが彼らに会えるのは中々厳しいはず



ゼイン王子あの方に最近会えてないんだ。これを機に交流を通して仲を深めたい」

「仲か………」

「少しの間でもいい!もう一度だけ…………あの方と話がしたい」


まるで盲信者だ

兄上の何にそこまでの魅力を感じるのか分からない

確かに顔はいい方だし、性格も悪くは無いけど………


そんな奴他にどこにでもいるんじゃ……



「………………無理か?」



…………レイラに頼めば会わせることは出来るだろう

向こうもおそらく雑には扱わない

ただ………


「イアン?」

「まぁその…会わせることは出来るかもしれないけど……」

「ほ、本当に?」

「ただ…………恐らく………いるんだよ」

「?」




レイラは兄上と姉上、アメリアにエーテル様が来ると言っていた






彼らは私の今の状況を確認する目的でやってくるだろう





そうしてこんな複雑な状況の今、私の今の生活態度が今後の名誉に関わってくる人物がいる



「リリアーヌ(の格好をしたイアン)が」




あの人は絶対に来る

手紙だけじゃ伝わらないだろうと直接文句を言いに来る





シルヴァンには前にリリアーヌのことはゼイン兄上から聞いたって話は耳にしたから伝わるはずだが








「り………」

「ん?」








「リリアーヌ王女が来るのか?!」











………………………何でそんなに目が輝いて…


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