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三章

やばいよりヤバい奴

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「あー…疲れた」


風呂上がりのリリアーヌは、部屋の奥の部屋にある窓から顔を出す

夏国の夜は涼しげで心地が良い

冷たい風が頬に触れる










今日起きた一連の出来事の疲れがまとめて王女の身体に襲いかかり、ダルさはより一層増す











久しぶりの魔術の行使

変人集団との追いかけっこ










同時にこの出来事はハードだ

まさかこんな不可解なことが同時に起こるとは誰も考えなかっただろう

2つ目に関してはもう意味がわからない












「お前さぁ…いつも風呂長すぎなんだって」






部屋のソファに座る青年、シルヴァンは毎度見る光景に呆れていた

リリアーヌの赤く色ずいた頬を見て、逆上せたのかと思ったらしい

兄貴の本能が疼くのだろう

人を心配するのも得意技










「1時間位しか入ってないけど」



(1時間…………サラシを巻くのに50分位かかったのよね…)

これについては彼女も心の中で苦笑いする他無い




確かに脱衣所から出てきたのは入ってから1時間後ではあるが、別に浴槽に1時間浸かっていた訳ではない











脱衣所から出る身支度をするのに手間がかかったのだ









リリアーヌは男装するのがこの留学で初️、という訳ではない


エピスィミアにいた時から城を抜け出すために男装することは多々あった


そのため、確かにこの留学での男装は不本意ではあるものの、涙で枕を濡らすほど思い悩んではいなかったのだ





ただ以前はサラシを巻くとか、カツラを被って寝るだとかそこまで徹底していた訳では無い






男の服を着て、せいぜいローブを羽織って誤魔化す程度だった










ただ今回の留学では流石にサラシを巻かず、誤魔化す訳にもいかない

共同生活の中で、ボロが出てしまう可能性もある











リリアーヌはここに来てようやく、不満が溢れてきた
(最初から不満ではあったが)







エピスィミアでは一連の流れ作業のように淡々と留学の話が進んでいったため考える暇もほとんどなかった

一応見知った侍女もいるということで上手くやっていけるだろうと思っていたのだ


しかしここ最近は、というかこの異国の地に入ってから何かと面倒なことばかり起こるのである








以前から王女はその鋼の心のおかげで意外にものびのびと生活してきた

しかしこの常に誰かに見張られている事実


この現状は王女にとって発狂するレベルであった


いくらメンタルがダイヤモンド級でも削れてすり減ってしまうことはある









しかしリリアーヌは器用な方である

サラシを巻くのも難易度鬼という訳でもないのでリリアーヌにはこなせるレベルなのだ


ただ、そうだったとしても50分かかるのだ


その原因は…











遡ること、脱衣所から出る50分前………








「あぁぁぁぁぁぁ、もう!」



脱衣所から声がほとんど漏れないのをいいことに
王女は愚痴が止まらなくなっていた











「よく考えたらおかしな話だわ!!どれも……あのクソ親父の発言でのせいじゃない!!!!!
確かに承諾したのは私だけど!!!それは!兄上と!姉上と!母上に!恥をかかせないためだったのよ?!?!
あのクソ親父はそれが分かってるから……………………………………………くっそ………調子乗りやがって…………………何でもかんでも言いなりになると思ったら大間違いよ!!!!!
あんな奴、浮気されてしまえばいいんだわ!!!!

この、女好き変態野郎が!!!!!!!!!!!!!!


…………………………あ!またほどけたじゃない!サラシって直ぐに上手く巻けないのよ!!!!!!………………………………も、もしかして……このまま一生、サラシと格闘してろっていうの?…」
 

















彼女にとって『縛り』は大敵だ



女性だとバレないために必ず巻かなくてはならない


それは王に命令されて、渋々男装している彼女にとって、


その作業は最悪な時間だった


嫌なものには手が進まないというのは、王女も例外ではない














「1時間も入るとか………お前、逆上せたりしないの?」




初めて会った時よりも警戒心のようなものは感じられない

シルヴァンが真面目にイアンのことを心配しているのが分かる












「1時間も浸かってたら流石に立ちくらみ程度にはなるだろ」




「しない」

(言っとくけど、お前のためにサラシ巻いてるんだからな?)


不満爆発の王女様である

イアンにとってシルヴァンとは『お前』であった

何とも浅い友情だ









・・・・






もう10時を過ぎているこの時間帯は明かりが少なく町は閑散としている

学生寮も例外ではない










消灯は11時だが、窓から見える他の寮の灯りはついていないところが多かった




特に……テリビル寮は




「テリビル寮生って寝るの早くない?」


顔の火照りが冷め、一旦冷静になった王女は隣の男に問う









寮は高地に建っていて、窓から見える夜景はとても美しい

魔法の力でぼんやりと光る街はひどく幻想的だ







学園にある寮、ルクス、アーグア、テリビルは
広い中庭を囲うように建っているため、
街だけでなく他の寮もよく見える

10時台のテリビル寮から見える明かりの数の少なさは他の寮と比べると圧倒的に少なかった












隣国王子の質問に皇太子護衛は少し考える








「まぁ…子供は早く寝ないとな」






「なるほど」










ちなみにこの国の成人年齢は16歳である


学園に通う者は16歳からであるため、一応全員大人の枠組みには入るのだ















「あー…そういえば…昼間は魔法同好会の所に行ってきたんだろ?」


「お前、あの時逃げただろ……………」


「あいつらは独特な雰囲気放ってるからな…」


「分からんでもないけどな」


「好き好んであの場に残るやつはいない」


「…………次逃げたら締める」


「…」





シルヴァンは一瞬あの世の世界を見た


















「…………………で、でも…………だな…その、俺はあいつらと出来れば関わりたくない………」


「え、まさかお前も偏見?」


「一般人が嫌いなわけじゃないんだが…どうも…あいつらだけはな…」








リリアーヌは被害者であるため、何も言えない

ただ苦笑するだけである

反抗できない


彼女はその集まりのメンバーになったのだった















シルヴァン曰く、同好会メンバーはただの陰キャ…というより魔法オタクに近いという


ただ魔法が使えないため、身の安全を考えてほとんど表舞台には出てこないらしい









「表舞台に出てこない?」



「魔法が使えないっていうことは、裸で歩いてるようなもんだろ。あいつらはには武器がない。だから普段から、安全の確保のためにひっそり生活しているらしい」



「………あの人達、ひっそりしてた?」



記憶とは違う事実にリリアーヌは頭を傾げる







追われた時に見た血走った目

あの気持ち悪い笑顔

不気味に動くfinger

ボロボロの服






どう考えたってひっそりしていない




むしろ他の生徒より目立っている

あれで身の安全が守れるのか








「同好会メンバーに聞いたことなんだが……あの服装をしていると周りに人がいなくなるから安全…らしい」

「聞いたんだ…」






(迫害されてるって言うけど……ただただ彼らが恐怖の対象なんじゃないかしら)

魔法持ちの生徒は数名怯えていたように見えた












「ていうかさイアン、お前魔法…レベルいくつなんだ?」


「………6」











以前も聞かれたことである








あくまでもリリアーヌはイアンとして学園にいるため、レベルの数値はイアンのものになる



レベル6は上級者ではあるが、そこそこといったところだった

イアン王子は魔法よりも研究することがメインであるため、普段使うことがほとんどない

レベルが上がらないのも当然だった












だからこそ、リリアーヌの発言はありえない話なのだ






シルヴァンやジークフリート、オリヴィエなど多くの生徒が興味を示しているのは単に彼女の実力があるという点だけでない











そのレベル6という数値では収まりきらない実力





彼女が相手をした教師、イザーク・ウェズはレベル9という事実










普通なら学生のうちは頑張ってもレベル4くらいで止まる







現在この世に実在する人物の最高レベルはレベル9

レベル10は公式的には実在していない




つまりリリアーヌはそのレベル9と対等に渡り合える人物

極めて珍しい存在なのだ









「その実力でレベル6はおかしいだろ。俺でさえ魔法極めてないのに6なんだよ。俺お前と戦ったら確実に秒で、さよならだから」






「それはないだろ」





(兄上相手でも、リアイアさせるまで1分かかるのよ?)






「俺の兄上は、秒では負けない」


「それはゼイン王子殿下が強いからだろ…………」


「ん?兄上の名前知ってるのか?」


「誰でも知ってるだろ……」













リリアーヌの兄であり、エピスィミアの第1王子


ゼイン・スピリアル・エピスィミア







彼はエピスィミア国内のみならず、世界的に名を轟かせる程有名な人物だ


外交

魔法

研究


など、持ち前のスキルで難なくこなしていく




世界中に尊敬されるのはその実力だけではない

自国のことでなく、他国の問題に目を向ける心の広さ


飢餓や、疫病などで活躍をすることが特に多いので
特に平民に支持されている



交友関係も広く、多くの人が彼が一国の王子であることを悔やんでいるくらいだ





(ルークの名前は出てこないのね)


リリアーヌは内心ほくそ笑むばかりだ





「俺は騎士志望だから、勿論剣を扱うけど…お前の兄貴はどの分野でも活躍してる」


「兄上は優秀な人だからな、当然だ」


「お前ブラコンなの?」


「ああ、そうだ!すごいだろう!!!!!」


「…ブラコンにすごいとかあるのか?」

















コンコン





突然のノック音に2人は驚く

この時間帯の部屋の移動は中々ない



「非常識だ、ぶっ潰しに行こう」


「馬鹿、お前相手がオリヴィエだったらどうするんだよ」


「だったらどうなるんだよ」


「あいつ夜に立ち寄ってくることが多いんだよ…。しかもふざけたこと言ってると報復が待ってるからな…」


「うわ」


兄貴の遠い目には説得力がある



「策士ほど怖いものはねぇよ…」





部屋に沈黙が訪れる




…人間、怖いものって意外と似てるときあるよね






















「…オリヴィエではない」


「「え?」」


「…何故扉を開けなかった……ノック音が聞こえなかったのか?」
















いつの間にか背後に立っていた人物はオリヴィエよりもやばいやつだった






要はラスボスより強い裏ボスである


















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