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真実

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「…ねぇ…………もしかして寝てるの?」






彼の執務室に入ると、まだ手をつけていない書類が置かれた机の上で頭を伏せていた



「………まぁ…昨日は忙しかったし………仕方ないわよね」



昨日はある貴族が暴動を起こしたせいで、かなり遅くまで外で動いていたという

もうすぐこの大国の頂点に立つ人なのだ

休んでいる時間など取れないのだろう



「疲れてるのは分かるわ……でも、ベッドで寝た方が身体も休まるわよ?」

返事が聞こえてくることは無いと分かっていても、自然と話しかけてしまう


冬を思わせる美しい瞳は閉ざされている

構って欲しくて、返事が欲しくて、頬をつついてみる

彼が起きていたら恥ずかしくてできないけれど…





穏やかな時間だ

本当にそう思う




今の様子を昔の私が見たらなんで言うかしら……

きっと


「うっわ………これはない…」


とか言うわよね

あの口調が懐かしいわ……



彼の隣に立つために、私もかつての教育を活かして物腰を柔らかくするよう徹底した

唯一直らなかった口調も私生活と公共の場で分けられるよう努力した











貴女だけ努力するのって言われたことがあった




でも………幸せなのよ…




それに、私だけじゃない

彼も本当に努力した


大変だったわ





だから今の生活が送れているのよ





私と彼は対等な立場にある




確かにこの国の上に立っているのはこの人だけど

私はまた別の世界を支えてる



今までも色々あったけど…………

これからが本番なのよね



「ねぇ…………起きれる?眠たいのは分かるけど、私が支えるから移動しましょう?」


「…………」




何、私の声が聞こえないっていうの?

………

それとも無視?



「…………………目の前にある机…………叩き割るわよ」


そしたら絶対に起きるわよね


「…………相変わらずだな」


起きてるんじゃない

彼は顔を上げることなく、首を傾げてこちらを見ていた

起きる気が全くないようね



「顔に痕がつくでしょう?書類を下敷きにしてるし。魔法で移動させられたくないって貴方が言うから起こしてるのよ?こっちは気を使ってるのに………」


本来、他の人の魔力が流れると少し違和感を感じるという

ただ一時的に気持ちが悪くなるだけならいいものの、彼はかなりの量の魔力を持っているせいが何故かくすぐったくなるらしい

彼はくすぐったいのには耐えられない

これは私の知っている彼の弱点のひとつだ


「随分と大人しいことを言うな?……以前なら強制的に動かしていただろう?」


「前は貴方のことを別に………そんなに意識してなかったから…貴方のことは………………」









「…………………今は?」





この深い青色の瞳に見つめられると動悸がする

以前の私なら、なんとも思わなかったのかもしれない

恋とか………そういう類いのものを経験する余裕がなかったんだわ

追われていた日々を取り戻すことはできない



「今はどう思ってるんだ?………君はあまり意志を伝えてくれないだろう?………俺ばかりが言っているような気がするんだが」


「…………」


恥ずかしいじゃない!

あの言葉は…………母上にすら言ったことがないのよ?

せいぜい大好きくらいだわ!



「ほら…これじゃあまた…………俺から先に言わないと言えないのか」


「………」


「ほら…………言わないのか?」


「あ…………」


「ん?」


「あ~~~………」


「…歌でも歌いたいのか?」


「……………………ぁ………てる」


「………聞こえない」


絶対聞こえてるでしょう!!!!!!!!

からかうつもりなの!??!



「今は愛してるって言ってるじゃない!!!!!!」


怒ったふうに言ってしまった………

すごい驚いた顔するのね…




「あ、あぁ…」


「何よ?!何かおかしいって言うの?!」


「いや…………まぁ…」


「随分と歯切れが悪いのね!何?この言葉をお望みでしょう!言ってやったわよ!!!」


「……そうだな」


「そうだなぁぁ?クールで冷徹な男はどこに行ったのよ?!」


「……………」


「何よ!」


「………………………」


「え………もしかして体調が悪くなったの?」







「〇〇」




私の名前…幼い時に呼んでくれた名前


「何?」




「………君を愛してるよ」




「………何…急に。いつも言ってるでしょう?知ってるわ」


「ようやく会えて…………一緒にいられる。絶対に手放すことはない」




長い間、一緒にいた

すぐ近くにいたのに気づかなかった

幼い時から願っていたことだったのに



「長いこと約束を覚えてたのよ?………ずっと待ってたのに、今更離れるとか………そんなことはしないわ」


「………あぁ」



ふっと笑みを浮かべている

優しい笑顔だ

本当に………………温かい











「私まで眠たくなってきたわ」


「疲れてるんだ………昨日も忙しかったんだろう?」


「それは貴方も同じなはずだけど」




見つめあって笑い合う




「はっ………なら一緒に寝よう……………少しだけ」


「えぇ…そうね。少しだけ………………………」










ーーー






「…………………ねっむい」


まずいわ…………寝すぎた

今日、イザーク先生の所に行かなきゃいけないのに


寝すぎた






『おい、イアン。イザーク卿のところに行くんだろー?起きろよ』


扉の向こうから声が聞こえる





「ねっむい」





頭がボーッとするわ

夢を見るなんて久しぶりね

大体寝たらすぐ朝なんだけど





急いでサラシを巻いてリビングに向かう

本当に遅れる

いそげぇあ



ーー




廊下を走って職員室まで向かう

休みの今日は人気がかなり少ない

数名の学生とすれ違うくらいだ



この角を曲がればすぐに着く

よし、華麗なカーブを決めてやろう



片足を傾けて身体を横向ける


決まっ…………




ドンッ




「うっ……」


や、これはまずい………

思っきりぶつかった…



「わ、悪い…………今急いでて………」


「…………言い訳か?イアン」


げっ……………



「皇子…………」


正直顔を見たくないわ

あの目………本当に人を殺害出来るほどの威力があるもの………


「……………………はぁ」


は?
今ため息をしたの?

確かに思いっきりぶつかったのは私だけど、貴方の不注意もあるじゃあないの!


イライラしてしまって顔を上げる



すると、当然ながら皇子と目が合った

こちらを見据える冷たい目



だが、よく見ると深い青色の瞳は息を飲むほど美しい



『貴方の綺麗な目が羨ましいわ』

『………………………眼球が欲しいのか?』

『いや、いらないわよ!』



「……………?」


妙に懐かしい感覚

いつも………いつも言っていた言葉

………言い合っていた会話




「………………エピスィミア」


低い声で家名を呼ばれる


「………見すぎだ。…………用があるなら早く言え」


「………………………いや、何でもない」


「……………」



そういうと眉をひそめて去っていった


それにしてもあの感覚は………………














「イアン王子」


「ん?」


前からやってきた生徒に声をかけられた

長いこと考え事をしてしまったようだ


「…………………あの、イザーク卿が…すごい睨んでいるようですよ」


「は?」


そう指摘されて、生徒の後ろに視線をやる









…………うわぁ










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