男装王女と、冷酷皇子の攻防 設定集

𝑹𝑼𝑲𝑨

文字の大きさ
上 下
8 / 14

アメリア王女の話

しおりを挟む




「何故あのような無茶をした」

「す……すみません」

「すみませんじゃすまないよ。見てるこっちはハラハラしたんだからね?」

「は、い……」

 謁見の間から場所は変わり、今は騎士団本部へと連れてこられていた。

 杉崎が魔導師たちを引き付けている間に海はアレクサンダーとクインシーに手を引かれてあの場から逃げ出した。本当はヴィンスの宿に戻ろうとしていたのだが、橋を下ろす許可が取れなかった。エヴラールが海を城下町に戻ることを許さなかったからだ。

 アレクサンダーがエヴラールに何度も橋を下ろすように掛け合ったが、杉崎の対応に手を焼いていてそれどころではないと帰されてしまった。その為、海は騎士団本部に身を寄せているのだが、ただいまクインシーとアレクサンダーに本部の食堂で説教されている。海の位置は三者面談の教師側と言えば分かるだろうか。腕を組んで海を睨んでいるアレクサンダーと、困り顔で笑うクインシー。

 これなら宿に帰りたかった。アレクサンダーたちが普段暮らしている本部が見れる!という淡い期待は見事に打ち砕かれてしまったのだから。

「カイ? ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる! だからそんな怒らないで欲しいんだけど……」

「ならば何について叱られているのか言ってみろ」

「えっと、それは……」

「ほらやっぱり聞いてないー!」

「聞いてるってば! もう今後、あんな真似はするなってことじゃないの!?」

「あの女の件だけではない!!」

 ビリビリッと鼓膜が震えそうな程の怒鳴り声。隣に座っているクインシーも突然の大きな声に驚いて腰を浮かせていた。

「何故、城に来た!」

「俺にだってやる事があるんだよ! その為にはここにもう一度来なきゃ行けなかったんだ」

「お前がやることなどここにはない! 明日、橋を下ろしてもらうように話を通す! 二度と城には来るな!」

 アレクサンダーの言い方に沸々と怒りが湧いてきて、怒鳴り返そうと口を開いたが、この状況はまずいと思ったクインシーが慌てて止めに入ってきた事によって海の意見は言葉にならなかった。

「待って待って! 喧嘩しないでって! ほら、あっち見てみなよ!」

 クインシーが指差した方をアレクサンダーと共に見る。食堂の出入口に団員たちがコソコソしながらこちらの様子を伺っているのが見えた。

「アレクサンダーの声であいつら来ちゃったじゃん! カイが謁見の間に一人で来たっていうことにも驚いてるのに、アレクサンダーが怒鳴ってたらもっとびっくりするだろ!?」

「知るか! あいつらは追い返せ!」

「だからそんなに怒るのはやめなっての! そんなに怒ってたらカイだって聞くの嫌だよ!」

「こいつが勝手なことをしたからだろうが!」

「悪かったな!! 勝手なことして!」

 もう我慢できるか。海の意見を聞かずに一方的に怒鳴ってくるアレクサンダーに向けて叫び返して睨んだ。海のヘボい睨みではアレクサンダーはビクともしない。

「もういいよ。俺が悪うございました!!」

「ちょ、カイ!!」

 ガタッと椅子を跳ね飛ばす勢いで海は立ち上がり、二人に背を向けて歩き出した。

「カイ!! 話は終わっていない!」

「知らないよ! 俺の話は聞かないくせに、なんでアレクサンダーの言い分だけ聞かなきゃいけないんだよ!」

「聞いているだろう!」

「聞いてない! 言ったところですぐに否定して怒るだろ!」

 クインシーの制止の声も聞かずに海は駆け出した。
 これ以上、話をしていても無駄に怒りが湧くだけだ。

「アレクサンダーのバカ。バーカ、バーーーカ!!」

 本部の外に出て、表から裏に回って叫んだ。こんなこと本人に言ったらなんて返ってくることか。

「アレクサンダーがちゃんと聞いてくれないのが悪いんじゃないか」

 建物を背にして座り込み、足元にあった石ころを適当に投げる。ぶつぶつ文句を言いながら石を投げている姿は完全にいじけている子供の様。自分でも大人気ないと思ってはいるが、今から謝りに戻る気にもならなかった。

「ばーか……」

 暫くはここで頭を冷やした方がいいかもしれない。
 そう思って海はそこで石を投げ続けていた。



‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆ ・‎⋆



「カイ? ここにいるの?」

「クインシー?」

 石を投げ続けてどれくらい経ったか。ひょこりとクインシーが顔を出した。

「やっぱいた。こんな所でなにしてるの?」

「……頭でも冷やそうかと」

「そっか。カイも怒ってたもんね」

「まだ……アレクサンダーは怒ってる?」

「それはどうかな。自分で見てくるといいよ」

「…………会いたくない」

 まだアレクサンダーと会いたいと思わない。怒っているのであれば尚更。

「こんな所にいたら風邪ひくよ。中に戻ろう?」

「冷やしてるから丁度いいんだよ」

「頭どころか全身冷えちゃうよ」

 海の頭の上へと掛けられるもの。それはほんのりと温かかった。

「これじゃクインシーの方が風邪ひくじゃん」

「んー? なら早く戻ろう?」

「だからまだ戻りたくないって……」

「じゃあ、俺も戻らないでここにいる」

 自分の上着を海に掛け、クインシーは海の隣に腰を下ろした。

 それから何をするでもなく沈黙が流れる。

「カイはさ、ここに来て何がしたかったの?」

「説明して分かってくれるか……」

「言ってくれなきゃ分かんないなぁ」

 話したところで伝わるかは分からない。海にだって分かってないことがあるのだから。でも、一人で抱えているのも辛い。誰かに聞いて欲しい。出来れば、これからどうすればいいかを教えて欲しかった。

「聖女の呪いが付き纏ってるんだ」

「呪い?」

「うん。記憶を受け継いだ時はそんなこと無かったのに、最近になってよく聞くようになったんだ。過去の聖女たちがラザミアを呪う声が。許せないって気持ちが」

「……ずっと?」

「ずっと。謁見の間で彼女達の怒りを抑えるのは大変だった。国王と魔導師を前にした途端、恨み言が酷くなったんだ。常に声は聞こえていたけど、今日ほどじゃなかった。聖女の声に……殺されるかと思った」

 今思い返せばとても恐ろしかった。何人もの聖女が国王たちに向けて罵詈雑言を吐き散らかし、怒りの感情を露わにする。彼らには言葉が届いていないから、海が受け止めるしかなかった。神経をすり減らしながらの国王たちとの対話は本当にしんどかった。

「カイ」

 辛かった、と一言漏らすと、クインシーは海を横から抱きしめた。痛いほど強く抱きしめられたが、海はクインシーから離れようとはしなかった。今はそれくらい強い方がいい。痛みを感じるとここにいる実感が湧く。海はちゃんとこの場にいて生きているのだと。

「クインシー……俺……嫌だ、死にたくない」

 クインシーの背中に腕を回してしがみつくように抱きしめ返す。言い表せぬ恐怖と不安に泣き出しそうになる。こんな所で泣くわけにはいかない。まだ城に来たばかりで何もしていないのに、早々に音をあげている暇はないのだ。泣き顔を晒すことの無いようにクインシーの首元に頭を埋めて隠した。

「死なせないよ。カイは絶対に死なせない。そんなことアレクサンダーが許すと思う? 俺は絶対に許さないから。聖女の呪いだろうが、城下町の闇だろうがどうでもいい。カイを怖がらせるなら俺が許さない」

 包み込むように抱きしめられて徐々に不安が消えていった。もう大丈夫だと言おうとしたが、人の温もりが心地よすぎて離れるに離れられなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

処理中です...