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3.手伝い
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お腹がいっぱいになって、ドレスがますますきつくなる。
スザンナに紐を緩めてもらっているのを見てグレゴリーは笑った。
「じゃあ、デザートを作るから、着替えて待っててくだせえ」
「着替えて、私も手伝うわ」
私は首を振って立ち上がると、自分の部屋に戻った。
服を脱ぎ、スザンナのような屋敷のメイドの服を着る。
この格好が一番動きやすい。汚れを気にしなくて良いし。
厨房でグレゴリーを手伝うときはいつもこの格好だ。
身体をぎゅうぎゅう縛るパーティー用のドレスより、この格好の方がしっくりくる。
「お待たせ」
厨房に戻ると、グレゴリーはパイ生地をこねていた。
「お嬢様、申し訳ない。具を頼んでいいですかい」
頷いて、スザンナが出してくれた林檎の皮を剥いて切り分る。そうしていると、グレゴリーが竈に手をかざした。ぼっとあっという間に火がつく。
グレゴリーは魔法の研究の盛んな隣国ルーべニアの出身で、火を起こしたり、消したりする簡単な魔法が使える。
私はフライパンを手に取ると、林檎をバターで炒めて、砂糖を入れて煮込み始めた。
ぐつぐつ音がし始めたら、調味料を追加する。
厨房の棚には、すごい数の瓶が並んでいる。
グレゴリーが揃えたスパイスだ。
魔法草を砕いた粉だとか、塩や砂糖や何かの普通の調味料と違うものがたくさん並んでいる。いくつかはグレゴリーとスザンナが屋敷の隅の畑で栽培しているものだ。私は果物の甘みを増やす甘樹の皮とその他いくつかの調味料を手に取った。今日はとにかく甘い林檎のパイが食べたい。
「お嬢様は手際が良いわねえ、あなた。私なんかどの瓶に何が入っているのか然わからないのに。この前、その瓶のスパイスを自分で使ってみたら、とても食べらないものができてしまったんですよ」
スザンナが感心したように呟いて、グレゴリーが頷く。
「俺以外にこの瓶を触らせられるのはお嬢様だけだ」
耳がくすぐったくなる。私のことを褒めてくれるのはこの二人だけだ。
――お父様もお母様も私が厨房に出入りするのを見ては顔をしかめるけれど。
そんなことは使用人の仕事だって。
私が作った林檎のソースをパイ生地に詰めて焼く。
焼きあがった生地からその場で頭からそこに突っ込みたいくらいの良い匂いがした。
「紅茶はこの前買った北部のお茶がいいわ。すっきりしていて合うと思うの」
スザンナにお茶を準備してもらう。
思った通り、すっきりしたお茶と甘いパイはよく合った。
「このお茶と最高に合うな」
グレゴリーはパイを一口食べて、お茶を飲むとため息をついた。
「でしょう。合うと思ったの」
はしゃいでそう言うと、うちの料理人夫妻は安心したように笑った。
「良かったわ。お嬢様に笑顔が戻って」
「急に泣き出すもんだから、何があったのかと思いましたよ」
「心配かけてごめんなさい。――ちょっと、婚約破棄をされてしまって」
二人は顔を見合わせ、ぽかんと口を開ける。
「あの王子様ですかい。そりゃ、また、お嬢様を振るなんてもったいないことを……」
「――私と一緒にいるのが恥ずかしいんですって……、まぁ、当然よね。こんな見た目だもの。アリスみたいに綺麗だったら良かったのに」
二人は困ったように黙り込んでしまった。
ああ、またこんな困らせるようなことを聞いてしまって、私は駄目ね。
また気持ちが落ち込んで来る。もう一切れ食べないと……。
フォークをパイに突き刺して口に運ぼうとすると、その手にスザンナが手を重ねた。
「そんなことないですよ、お嬢様。お嬢様の方がアリスお嬢様より表情豊かで可愛らしいわ。特に食事を召し上がった時なんか」
二人は顔を見合わせてふふっと笑った。
「そうそう、お嬢様は俺の料理人人生の中でも一番美味そうに飯を食べてくれる方ですぜ」
グレゴリーはぽんぽんっと私の肩を叩いた。
「まぁ、王宮なんて堅苦しいところより、どこかの貴族のお屋敷で奥様をやられた方がよろしいかもしれませんね。お嬢様は良い奥様になりますよ」
「――そうかしら」
「美味しい食事は生活の基本ですぜ、お嬢様。お嬢様くらい舌が良ければ、俺みたいな良い料理人を雇えます」
得意げにそう言うグレゴリーに私も笑った。
――その時、
「ソフィア! またそんなところでつまみ食いをしているのか!」
お父様の怒鳴り声が厨房に響いた。
スザンナに紐を緩めてもらっているのを見てグレゴリーは笑った。
「じゃあ、デザートを作るから、着替えて待っててくだせえ」
「着替えて、私も手伝うわ」
私は首を振って立ち上がると、自分の部屋に戻った。
服を脱ぎ、スザンナのような屋敷のメイドの服を着る。
この格好が一番動きやすい。汚れを気にしなくて良いし。
厨房でグレゴリーを手伝うときはいつもこの格好だ。
身体をぎゅうぎゅう縛るパーティー用のドレスより、この格好の方がしっくりくる。
「お待たせ」
厨房に戻ると、グレゴリーはパイ生地をこねていた。
「お嬢様、申し訳ない。具を頼んでいいですかい」
頷いて、スザンナが出してくれた林檎の皮を剥いて切り分る。そうしていると、グレゴリーが竈に手をかざした。ぼっとあっという間に火がつく。
グレゴリーは魔法の研究の盛んな隣国ルーべニアの出身で、火を起こしたり、消したりする簡単な魔法が使える。
私はフライパンを手に取ると、林檎をバターで炒めて、砂糖を入れて煮込み始めた。
ぐつぐつ音がし始めたら、調味料を追加する。
厨房の棚には、すごい数の瓶が並んでいる。
グレゴリーが揃えたスパイスだ。
魔法草を砕いた粉だとか、塩や砂糖や何かの普通の調味料と違うものがたくさん並んでいる。いくつかはグレゴリーとスザンナが屋敷の隅の畑で栽培しているものだ。私は果物の甘みを増やす甘樹の皮とその他いくつかの調味料を手に取った。今日はとにかく甘い林檎のパイが食べたい。
「お嬢様は手際が良いわねえ、あなた。私なんかどの瓶に何が入っているのか然わからないのに。この前、その瓶のスパイスを自分で使ってみたら、とても食べらないものができてしまったんですよ」
スザンナが感心したように呟いて、グレゴリーが頷く。
「俺以外にこの瓶を触らせられるのはお嬢様だけだ」
耳がくすぐったくなる。私のことを褒めてくれるのはこの二人だけだ。
――お父様もお母様も私が厨房に出入りするのを見ては顔をしかめるけれど。
そんなことは使用人の仕事だって。
私が作った林檎のソースをパイ生地に詰めて焼く。
焼きあがった生地からその場で頭からそこに突っ込みたいくらいの良い匂いがした。
「紅茶はこの前買った北部のお茶がいいわ。すっきりしていて合うと思うの」
スザンナにお茶を準備してもらう。
思った通り、すっきりしたお茶と甘いパイはよく合った。
「このお茶と最高に合うな」
グレゴリーはパイを一口食べて、お茶を飲むとため息をついた。
「でしょう。合うと思ったの」
はしゃいでそう言うと、うちの料理人夫妻は安心したように笑った。
「良かったわ。お嬢様に笑顔が戻って」
「急に泣き出すもんだから、何があったのかと思いましたよ」
「心配かけてごめんなさい。――ちょっと、婚約破棄をされてしまって」
二人は顔を見合わせ、ぽかんと口を開ける。
「あの王子様ですかい。そりゃ、また、お嬢様を振るなんてもったいないことを……」
「――私と一緒にいるのが恥ずかしいんですって……、まぁ、当然よね。こんな見た目だもの。アリスみたいに綺麗だったら良かったのに」
二人は困ったように黙り込んでしまった。
ああ、またこんな困らせるようなことを聞いてしまって、私は駄目ね。
また気持ちが落ち込んで来る。もう一切れ食べないと……。
フォークをパイに突き刺して口に運ぼうとすると、その手にスザンナが手を重ねた。
「そんなことないですよ、お嬢様。お嬢様の方がアリスお嬢様より表情豊かで可愛らしいわ。特に食事を召し上がった時なんか」
二人は顔を見合わせてふふっと笑った。
「そうそう、お嬢様は俺の料理人人生の中でも一番美味そうに飯を食べてくれる方ですぜ」
グレゴリーはぽんぽんっと私の肩を叩いた。
「まぁ、王宮なんて堅苦しいところより、どこかの貴族のお屋敷で奥様をやられた方がよろしいかもしれませんね。お嬢様は良い奥様になりますよ」
「――そうかしら」
「美味しい食事は生活の基本ですぜ、お嬢様。お嬢様くらい舌が良ければ、俺みたいな良い料理人を雇えます」
得意げにそう言うグレゴリーに私も笑った。
――その時、
「ソフィア! またそんなところでつまみ食いをしているのか!」
お父様の怒鳴り声が厨房に響いた。
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