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8.元聖女はエルフの森に着きました。
208.
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その隠れ里にいた魔族の人たちは、子どもができず、そのまま少なくなって、やがて消えていくことを受け入れてたってことですか……。
私がそこにいるのを良く思わなかったから、お父さんたちは外に逃げたってことでしょうか。隠れ里がどういうところかは知りませんけど、確かにそんなところにいるのは嫌かも……。
お父さんの話は続きます。
「俺も、同意見だった……。レイラ……お前は、外で育つべきだと思った。だが、隠れ里の魔族は、里から人が出て行くことを認めていなかった……。外に出た魔族が、事件を起こせば、また魔族を滅ぼそうと、里を襲う者が現れるから……」
「お母さん、どうなったんですか……?」
私、お父さんのことは何となく覚えてますけど、お母さんの事は、その「ユリア」っていう名前も含めて、顔も声も何にもわからないです。
「ユリアは、……お前が生まれて、すぐ、死んだ」
木の皮みたいになっていて動かない表情がそれでも歪んだ気がするような苦しそうな声でお父さんは言った。
『死んだ』という言葉が頭の奥にずん、と沈む。
――わかってはいましたけど……、やっぱりそうなんですね……。
「里を抜け出した俺たちを、魔族は追いかけてきた……。お前が生まれた直後に、襲われ、戦闘になった……。俺が殺されそうになったのを、弱っていたユリアが最後の力で助けた……追手を全員、始末して……」
「……」
思っていたよりもずっと壮絶で、私は言葉が見つからなくて黙り込んでしまった。
お母さん、追いかけてきた自分の里の人たちを……。
「……お前に、外で色んな物を見せてやってくれと、最期に言っていた。ユリアは、隠れ里に魔族が逃げ込んだときに生まれた、ほとんど外に出た事がない魔族だった」
「……マイグリン、お前が私に助けを求めてきたのは……それからか」
黙ったままの私の代わりに、リンドールさんがお父さんに話しかけます。
「そうだ。……連中は、俺が外にユリアを連れ出し殺したと考えて、追手を増やした。1人では、逃げ切れないと思った。だから――お前に助けを求めた」
「しかし、私はアイグノール様に申し出た」
リンドールさんはうつむいた。
「どうして、魔族との間に娘ができたと、本当のことを言わなかった。娘を置き去りにせず、連れてくれば……」
「義父が、アイグノールがレイラの存在を……容認すると、思えなかった。案の定、話をする間もなく、俺を『裏切者』と言って、大樹に封じた」
「……私は……」
リンドールさんはそのままじっと地面を見つめてしまっていた。
「――エルフなら、族長に全て報告するのは、当たり前だ、リンドール。お前のことを責める気は、ない」
お父さんは静かな声で言いました。
「だから、レイラを、宿屋に置いてお前に会いに言った。アイグノールに報告しているだろうとは、思っていたから。――仮に、魔族が追いかけてきて、レイラを見つけても……、里に連れて帰るだけで、傷つけることはないだろうと、わかっていたから。だからユリアの持っていた、魔族の石を、お前と一緒に置いてきた――」
「魔族の石?」
「緑色の、一見すると、傷だらけの石……、まだ持っているか?」
あ、あれのことですか!
私は首にかけているあの緑の石がついたペンダントを出した。
「これ……ですか?」
「そうだ。それを見れば、お前がユリアの娘だと、連中ははっきりわかるはずだから……」
それから、お父さんは感慨深そうに呟いた。
「今では、一目見れば、分かると思うが……」
「――魔族の人たちって、私の事、知ってるんですか?」
ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。
今まで、魔族の人が近くに来た事……ないですよね。
私の事を知ってたら、追いかけてくる……んじゃないでしょうか。
「――知らないはずだ。お前のことを知った連中は、ユリアが消してしまった。――それ以降は、逃げ続けていたから」
ずっと話続けて疲れてしまったのか、お父さんは口っぽい割れ目を閉じて、黙った。
沈黙が訪れて、ざわざわと鳴る葉っぱの音だけが響いた。
「――これが、俺が黙っていたことだ……。俺を外に出しに来たということは……アイグノールの意見が変わったか……」
お父さんはリンドールさんに問いかけます。
「――いや。何も変わっていない。アイグノール様は、再び魔族の討伐部隊を作ろうとしている。今は――里の者で、アイグノール様を封じている」
「族長に反したのか……」
お父さんは驚いたような口調で言いました。
「――魔族に直接、家族を奪われた者は――、少なくなった。我々は子どもに、魔族の討伐などさせたくない。そこに、この子が来た」
リンドールさんは私の肩を叩いた。
「隠れ里の魔族が追われたくないというのなら、我々はもう追うのを止めるよう、アイグノール様に進言する」
「だから」とリンドールさんは私を見た。
「マイグリンを連れて行って構わん。後のことは、エルフの中でどうにかする」
私はステファンやライガを見た。
――そもそも、ここに来たのはお父さんに会うことが目的で。
会ったら……、会ったら、どうして私を置いて行ったのか聞いて……、ゆっくり話して、それでまた一緒にいられたらって……。
「ひとまず、マーゼンス領に一緒に戻ろうか」
ステファンが笑顔でそう言ってくれた。
「アイザック、構わないだろう」
「ああ。もちろんだ」
アイザックさんとフィオナさんも頷いてくれます。
「それじゃ、レイラの父ちゃん連れて帰るか」
ライガが身体が木になってしまっていて動かせないお父さんを担ぎました。
「……どのくらいで、お父さん、身体元に戻るんですか?」
心配して聞くと、リンドールさんは「しばらくすれば」と答えてくれましたけど……、エルフの「しばらく」ってどのくらいなんでしょうか。お父さんが里に戻ってきたのも、13年前のはずなのに「この前」って言ってましたよね……。
「エドラヒル。大樹の森を抜ける道はわかるな」
考え込んでいる私を真横に、リンドールさんはエドラさんに聞きました。
「わかる。大丈夫だ」
エドラさんはそう言って、私たちに「では、このまま森を出る」と声をかけました。
私がそこにいるのを良く思わなかったから、お父さんたちは外に逃げたってことでしょうか。隠れ里がどういうところかは知りませんけど、確かにそんなところにいるのは嫌かも……。
お父さんの話は続きます。
「俺も、同意見だった……。レイラ……お前は、外で育つべきだと思った。だが、隠れ里の魔族は、里から人が出て行くことを認めていなかった……。外に出た魔族が、事件を起こせば、また魔族を滅ぼそうと、里を襲う者が現れるから……」
「お母さん、どうなったんですか……?」
私、お父さんのことは何となく覚えてますけど、お母さんの事は、その「ユリア」っていう名前も含めて、顔も声も何にもわからないです。
「ユリアは、……お前が生まれて、すぐ、死んだ」
木の皮みたいになっていて動かない表情がそれでも歪んだ気がするような苦しそうな声でお父さんは言った。
『死んだ』という言葉が頭の奥にずん、と沈む。
――わかってはいましたけど……、やっぱりそうなんですね……。
「里を抜け出した俺たちを、魔族は追いかけてきた……。お前が生まれた直後に、襲われ、戦闘になった……。俺が殺されそうになったのを、弱っていたユリアが最後の力で助けた……追手を全員、始末して……」
「……」
思っていたよりもずっと壮絶で、私は言葉が見つからなくて黙り込んでしまった。
お母さん、追いかけてきた自分の里の人たちを……。
「……お前に、外で色んな物を見せてやってくれと、最期に言っていた。ユリアは、隠れ里に魔族が逃げ込んだときに生まれた、ほとんど外に出た事がない魔族だった」
「……マイグリン、お前が私に助けを求めてきたのは……それからか」
黙ったままの私の代わりに、リンドールさんがお父さんに話しかけます。
「そうだ。……連中は、俺が外にユリアを連れ出し殺したと考えて、追手を増やした。1人では、逃げ切れないと思った。だから――お前に助けを求めた」
「しかし、私はアイグノール様に申し出た」
リンドールさんはうつむいた。
「どうして、魔族との間に娘ができたと、本当のことを言わなかった。娘を置き去りにせず、連れてくれば……」
「義父が、アイグノールがレイラの存在を……容認すると、思えなかった。案の定、話をする間もなく、俺を『裏切者』と言って、大樹に封じた」
「……私は……」
リンドールさんはそのままじっと地面を見つめてしまっていた。
「――エルフなら、族長に全て報告するのは、当たり前だ、リンドール。お前のことを責める気は、ない」
お父さんは静かな声で言いました。
「だから、レイラを、宿屋に置いてお前に会いに言った。アイグノールに報告しているだろうとは、思っていたから。――仮に、魔族が追いかけてきて、レイラを見つけても……、里に連れて帰るだけで、傷つけることはないだろうと、わかっていたから。だからユリアの持っていた、魔族の石を、お前と一緒に置いてきた――」
「魔族の石?」
「緑色の、一見すると、傷だらけの石……、まだ持っているか?」
あ、あれのことですか!
私は首にかけているあの緑の石がついたペンダントを出した。
「これ……ですか?」
「そうだ。それを見れば、お前がユリアの娘だと、連中ははっきりわかるはずだから……」
それから、お父さんは感慨深そうに呟いた。
「今では、一目見れば、分かると思うが……」
「――魔族の人たちって、私の事、知ってるんですか?」
ふと、そんな疑問が頭に浮かんだ。
今まで、魔族の人が近くに来た事……ないですよね。
私の事を知ってたら、追いかけてくる……んじゃないでしょうか。
「――知らないはずだ。お前のことを知った連中は、ユリアが消してしまった。――それ以降は、逃げ続けていたから」
ずっと話続けて疲れてしまったのか、お父さんは口っぽい割れ目を閉じて、黙った。
沈黙が訪れて、ざわざわと鳴る葉っぱの音だけが響いた。
「――これが、俺が黙っていたことだ……。俺を外に出しに来たということは……アイグノールの意見が変わったか……」
お父さんはリンドールさんに問いかけます。
「――いや。何も変わっていない。アイグノール様は、再び魔族の討伐部隊を作ろうとしている。今は――里の者で、アイグノール様を封じている」
「族長に反したのか……」
お父さんは驚いたような口調で言いました。
「――魔族に直接、家族を奪われた者は――、少なくなった。我々は子どもに、魔族の討伐などさせたくない。そこに、この子が来た」
リンドールさんは私の肩を叩いた。
「隠れ里の魔族が追われたくないというのなら、我々はもう追うのを止めるよう、アイグノール様に進言する」
「だから」とリンドールさんは私を見た。
「マイグリンを連れて行って構わん。後のことは、エルフの中でどうにかする」
私はステファンやライガを見た。
――そもそも、ここに来たのはお父さんに会うことが目的で。
会ったら……、会ったら、どうして私を置いて行ったのか聞いて……、ゆっくり話して、それでまた一緒にいられたらって……。
「ひとまず、マーゼンス領に一緒に戻ろうか」
ステファンが笑顔でそう言ってくれた。
「アイザック、構わないだろう」
「ああ。もちろんだ」
アイザックさんとフィオナさんも頷いてくれます。
「それじゃ、レイラの父ちゃん連れて帰るか」
ライガが身体が木になってしまっていて動かせないお父さんを担ぎました。
「……どのくらいで、お父さん、身体元に戻るんですか?」
心配して聞くと、リンドールさんは「しばらくすれば」と答えてくれましたけど……、エルフの「しばらく」ってどのくらいなんでしょうか。お父さんが里に戻ってきたのも、13年前のはずなのに「この前」って言ってましたよね……。
「エドラヒル。大樹の森を抜ける道はわかるな」
考え込んでいる私を真横に、リンドールさんはエドラさんに聞きました。
「わかる。大丈夫だ」
エドラさんはそう言って、私たちに「では、このまま森を出る」と声をかけました。
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