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7.元聖女は辺境の地を訪れました。

174.

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 馬車でしばらく走って、私たちは石垣の門をくぐった。
 
「こちらが我々の宿営地になります」

 ステファンの代わりに馬を走らせてくれていた黒髪の男の人が扉を開けて、降りるように促した。周りを見回すと、辺境民の人たちのテントみたいな丸いテントがいくつも張ってあった。

「申し遅れましたが、私は辺境騎士団、副団長のジョッシュと申します。団長から、あなた方を団長のテントにご案内するよう言われておりますので、着いて来てください」

 ジョッシュさんは私たちを、一番奥にある大き目のテントに案内した。

「こいつの腕が折れているので、治療したい。添え木と包帯を貸してもらえないか」

 エドラさんに言われて、ジョッシュさんは「わかりました」と言われたものを持ってきてくれた。エドラさんはステファンのだらんとした右腕をぐいっと引っ張って回復魔法を唱え、そのまま木を添えて包帯でぐるぐる縛る。

 その様子を見ていたジョッシュさんが、問いかける。

「あなたは――、ステファン様ですよね、5年前に家を出ていかれた」

 ステファンは気まずそうに笑って頷いた。

「やはり、ろくに剣の稽古もせず、人狼と虫獲りだ釣りだといつまでも子どものように遊び惚けていたあのステファン様ですか」

 ジョッシュさんは急に表情を険しくして、まくし立てた。

「あなたが出て行き、これでマーゼンスの領地を継がれるのはアイザック様だと、皆安堵したのを覚えております。この地はただでさえ、平素、辺境の魔物に脅かされる土地。鬼一体ごときに苦戦されるあなたに辺境伯を名乗られては堪ったものではありません。なぜ、今このタイミングで戻っていらしたのですか」

「……」

 ステファンは言葉を捜すように黙り込んだ。
 私は急な不穏な空気に困ってしまって目をぱちぱちしてライガを見た。
 ライガは肩を大きく持ち上げて「やれやれ」って顔をしている。

 その時、テントの入り口を持ち上げて、疲れた表情のアイザックさんが顔を出した。

「ジョッシュ、僕の家族の問題に余計な口を挟まないでくれ」

「――申し訳ございません」

 アイザックさんはジョッシュさんに出て行くように手で指示を出す。そして、テントに私たちだけになったのを確認して、ふーっと息を吐いて、ステファンに向き直った。

「兄上、それで、あなたが父上に頼みたいことというのは何なのですか」

 ステファンは「まずは」と私たちに手を向けた。

「紹介するよ。アイザック、こっちはエドラヒルさん。魔法都市ロンバルドの魔法研究所で魔法の研究をしているエルフの魔法使いで――、母さんの昔の知り合いだ」

「母上の……お知り合いの方でしたか……」

 アイザックさんははっとした表情になって、私たちに向かって頭を下げた。

「――挨拶もせずに申し訳ありません。僕はアイザック=マーゼンス。辺境騎士団の団長をしております。――先ほどは、小鬼たちを討伐いただき、ありがとうございました」

 私も思わずぺこりと礼をした。次にステファンは私に手を向けた。

「彼女がレイラ。海向こうのマルコフ王国で知り合ったんだけど――レイラは、エルフと魔族のハーフみたいなんだ」

「魔族……?」

「それで、レイラの父親がどうやらエルフの里で囚われてるみたいなんだけど……、その事情の確認に、父さんにエルフとの仲介を頼もうと思って戻って来たんだ」

 ステファンは言いにくそうに言葉を付け加える。

「まさか、鬼が出てるなんて、ましてや父さんが倒れてるなんて知らなかったから――、大変な時に帰ってきて、申し訳ないと思ってる」

「申し訳ない、ですか」

 アイザックさんは「くっ」と笑うような声を出したけど、顔は全然笑っていなかった。

「長男でありながら、勝手に行方をくらませて、自分勝手に帰ってきて『申し訳ない』ですか? 家にいた時も兄上は無責任な男だと思っていましたが、全く変わっておりませんね。父上が体調を崩されたのは、あなたがいなくなってからです。自分勝手にも程がある」

 吐き捨てるような言葉に、ステファンは目を丸くした。

「僕がいなくなってから、体調崩した? 父さんが?」

 何だか……久しぶりの兄弟の再開なのに、とっても険悪ですね。
 仲があんまり良くない、とは言っていた気がしますけど。
 私は気まずくなってきょろきょろと周囲を見回した。
 それに気づいたのか、アイザックさんははっとした表情になって、慌てたように私たちに呼びかけた。

「――身内の話で取り乱して、申し訳ありません。テントをご用意しますので、今日はこちらにご宿泊ください」

 それから、ステファンに向き直る。

「兄上、その話に関しては、対応は難しいと思います。状況が状況ですから。しかし――明日、僕と一緒に屋敷に帰ってください。母上もフィオナも――ヴィクトリア様も、あなたの顔を見たいと思っているでしょうから」

 知らない人の名前がたくさん出てきます。
 確か、ステファンは妹もいるんでしたよね。その人がフィオナさん?
 
「ヴィクトリア……、ああ、アイザック、ヴィクトリアと結婚したんだな」

 ステファンはずっと気まずそうにしていた表情を少し明るくした。
 結婚ですか……。そういえば、アイザックさんは左手の薬指に指輪をはめてますね……。

「はい。父上が意識をなくされた半年前に――、父上にもしもの事があれば、あなたがいなければ、僕がマーゼンスを継ぐことになりますからね」

 アイザックさんは「ジョッシュ」と外に向かって呼びかけた。
 副団長さんはしゅばっと現れて、私たちを見て事務的に「テントにご案内します」と言った。

 出て行くときに、ステファンはやっぱりどこか言い辛そうに弟に話しかけた。

「……アイザック、辺境民は、どれくらい領地内に避難するって?」

「――ほとんどの者は応じませんでした。家畜を置いて行けない、と」

「――受け入れる家畜の数を増やしてでも、中に、避難させた方が良いと思う。彼らg襲われて、喰われたら、鬼が増えるよ」

 アイザックさんは眉間に皺を寄せて、冷たく返事をする。

「――あなたに指示を出される筋合いはありません、兄上」

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