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19. 「貴方は、いつから知っていたの?」

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 白い湯気を上げるバスタブに浸かる。
 湯船に顎まで浸かると、疲労感ごと自分がその中へ溶けていくようだった。

 急に使えるようになった不思議な力や、ジェイクのこと、前世云々……気になることはたくさんあるけれど……、これからどうなるかわからないけれど……。

とにかく――、

 家に戻って来れて、幸せだわ。

 私は瞳が潤むのを感じて、目尻を指で拭った。
 今こうしてゆっくりお風呂に入っていられるのも、全部、ジェイクのお陰だ。

「後で、きちんとお礼を言わないと――」

 まだ「ありがとう」とちゃんと伝えていない。

 湯から出ると自分の部屋で侍女のアンナが着替えさせてくれた。
 サラサラの清潔な衣類が気持ちよい。

「お嬢様、ご無事でよかったです」

 鏡台の前で髪を結ってもらうが、鏡に映ったアンナの目は真っ赤になっていて、私ももらい泣きしそうになった。

「家族と一緒に荷物をまとめておくように言われて、これからどうなることかと思っておりました」

「ごめんなさいね、不安な思いをさせて」

「お嬢様は悪くないじゃないですか!」

 アンナはぶんぶん首を振ると、今度は好奇心に満ちた瞳になった。

「でも、ジェイクが竜に乗ってたのって……どういうことですか?」

 ジェイクのお父様お母様は事の次第を知っていたようだけれど――使用人たちにまでは、詳しい話は伝わっていないのね。彼らからすれば、ジェイクは普通の同僚だったわけだから。
 なんと言えばいいかしら――と思案していたその時、ノックの音がした。

「あら、ジェイク――噂をすれば」

 扉を開けたアンナが「ふふ」と笑う声が聞こえた。
ジェイク? 私は驚いて振り返った。

 土埃なんかで汚れた服を着替えて、いつもどおりのぱりっとした白いシャツを着たジェイクが何事もなかったかのようにいつものように立っていた。

「『噂をすれば』とは、何を話していたんですか?」
 
 怪訝そうな顔もいつもどおり。
「『何を』って、知りたいことがたくさんあるに決まってるじゃないですか。私たちにも説明はあるんですよね?――あ、お嬢様のお支度は終わっていますよ」

 アンナはふふふと笑った。

「――アンナ、少しお嬢様とお話させていただいてもよいでしょうか?」

 ジェイクはそう言うと、アンナを部屋の外に出した。

「ジェイク!」

 私は立ち上がると、彼に頭を下げた。

「――本当に、ありがとう。貴方のお陰で、また家に帰って来れたわ。本当に、ありがとう」

「お嬢様、そんなことは、いいんです!」

 ジェイクは慌てたようにぐいっと私の肩を持って頭を上げさせた。
 見上げるとジェイクの青い瞳が思ったより近くにあって、私はそれをじっと見つめる。

「私は、お嬢様が無事でいてくれれば、それで――。私こそ、申し訳ありませんでした。数日でもお嬢様を牢に入れるような事態にしてしまって、申し訳ありません!」

 すると、今度はジェイクは深々と頭を下げた。

「お腹も減ったでしょう。パイが焼きあがったようなので、身支度ができましたらひとまずお食事の準備をいたしますね」

 そう言うと、彼は私に座るように促した。

「食堂には旦那様たちもお揃いですが、その前に、少しお嬢様とお話する時間が欲しくて――、申し訳ありませんが少しお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

 ジェイクはじっと私を見つめて聞いた。

「――お嬢様は、何か――、思い出されたりしましたか?」

「思い出す……」

「……マリーネ様だったころの記憶を」

 私は彼がその名前を言ったとき、一瞬頭の中に実際には見たことがない景色が流れたことを思い出した。

「――何か、知らない風景を見た気がしたの。でも、それがどんなものだったか、今はもう思い出せないわ」

 ジェイクが息を呑んだ。彼の表情は、ほっと安堵したような、それでいて少し残念そうな複雑な表情だった。

「そう、ですよね」

 彼は一言だけそう呟いた。今度は私が聞いた。

「私、その『マリーネ』という人の名前が自分の名前だというふうに感じるのだけれど、その人が魔王討伐?の?聖女だったの?」

「――そうですね、マリーネ様は『聖女様』と呼ばれていました」

「それで、あなたの前世が勇者ルーカスなの?」

「そうです。私は生き残ったから勇者と呼ばれただけですが――」

 私はジェイクを見つめた。

「私――、マリーネ?も魔王と戦ったの?」

「はい」と彼は頷く。

 聞きたいことは山ほどある。

 ジェイクを見据えた。 

「貴方は、いつから私が『そう』だと知っていたの?」

「お嬢様が、生まれた時からです」
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