上 下
14 / 40

14.「私がっ――毒を入れました」

しおりを挟む
「オーウェンと……、アリエッタが……」

 マーティン様が動揺したように呟いた。
 周囲がどよめき、視線がオーウェン様と、国王様に近い前列に公爵家一族と参列していたアリエッタ様に向けられる。

「オーウェン……」

 国王様が青ざめた顔でジェイクに床に押し付けられたままの息子を見つめた。
 ――しばらくの沈黙の後、国王様は呼び掛けた。

「……オーウェンよ、私の前に来なさい。アリエッタも」

 アリエッタ様のお父様が、彼女の腕を引っ張って玉座の方へ連れ出した。
 ――何か、耳元で囁いた?
 それは一瞬のことだったけれど、私は見てしまった。
 アリエッタ様が父親に何か囁かれ、微かに眉間に皺を寄せたのを。
 次の瞬間には、いかにも不安げなおどおどとした表情に戻っていたけれど。

 オーウェン様の方は、彼の腕をジェイクが肩に回し、引きずるように玉座の方へ近づいて来た。「きゃあ」と聴衆から小さな悲鳴が聞こえた。――オーウェン様の形の良い顎は潰れていて、ぼたぼたと血が垂れていたからだ。
 
 私も思わず息を呑む。

 ジェイクは私の近くまで来るとオーウェン様の腕を外し床に落とした。

 はあ、とため息をついてから私を見る。

「お嬢様、申し訳ありませんがオーウェン様も治して頂けないでしょうか。今のままだと言葉を発することができないと思いますので」

 オーウェン様は床に倒れたまま、顎を押さえてゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいた。その度に赤い絨毯に黒い染みが広がる。あまりに苦しそうで、顔をしかめてしまう。
 
「すいません、やり過ぎてしまいまして……、このままだと気管に血が詰まって死んでしまうかもしれません」

 ジェイクが困ったように私に言うので、慌てて、先ほどマーティン様にしたように手を組むと、祈った。――元通りに。白い光がオーウェン様の身体を包む。咳き込む音が止み、オーウェン様はゆっくりと起き上がると、驚愕の表情で私を見つめた。

「オーウェン!」

 国王様が大声で息子の名前を呼ぶ。オーウェン様は、向きを変え父親と兄に向かい合った。
 その横にはアリエッタ様が寄り添うように立つ。

「エリスの言ったことは本当なのか!? お前とアリエッタがマーティンに、自分の兄に毒を盛ったのか?」

「僕は、お兄様に毒を盛ったりはしていません」

 オーウェン様は、真っすぐに国王様を見つめて言った。

「確かに、僕は――、エリスに『君がやったと言わないと、ハウゼン家全員の罪になってしまう』と言いました。――けれど! それは、ハウゼン家の誰かが、僕を次期国王にして、エリスを王妃にするためにお兄様に毒を飲ませたのだとすれば――、エリスが独断でやったのであれば、家族まで重い罪には問われないだろうけど――もしそうでなくて、ハウゼン家自体がそう策略したのであれば、家族全員が重罪で裁かれることは免れないだろうと、そう事実を言ったまでです」

 私は言葉を失って、私が治した口をペラペラと動かす婚約者を見つめた。
 何を言ってるの? 貴方がやったんでしょう?
 
「僕は――ハウゼン家は民に慕われる良い領主であることは理解していました。ハウゼン侯爵のことを尊敬していました。だから、ハウゼン家がそんなことをするとは思えなくて、エリス自身が僕を王位継承者にしようと――思いつめてやってしまったのだと思ったのです。しかし――エリス、君はやっていなかったのか!?」

 急に彼は、芝居がかった様子で私を見た。

「――貴方がやったんでしょう」私は彼を睨みつけて、そう言おうとした。
 そのとき、横で不安そうな表情で立っていたアリエッタ様が、国王様の前に飛び出し、床に頭をつけた。

「私がっ、マーティン様のグラスに――毒を入れました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令嬢、死す。

ぽんぽこ狸
恋愛
 転生令嬢、死す。  聖女ファニーは暇していた。それはもう、耐えられないほど退屈であり、このままでは気が狂ってしまいそうだなんて思うほどだった。  前世から、びっくり人間と陰で呼ばれていたような、サプライズとドッキリが大好きなファニーだったが、ここ最近の退屈さと言ったら、もう堪らない。  とくに、婚約が決まってからというもの、退屈が極まっていた。  そんなファニーは、ある思い付きをして、今度、行われる身内だけの婚約パーティーでとあるドッキリを決行しようと考える。  それは、死亡ドッキリ。皆があっと驚いて、きゃあっと悲鳴を上げる様なスリルあるものにするぞ!そう、気合いを入れてファニーは、仮死魔法の開発に取り組むのだった。  五万文字ほどの短編です。さっくり書いております。個人的にミステリーといいますか、読者様にとって意外な展開で驚いてもらえるように書いたつもりです。  文章が肌に合った方は、よろしければ長編もありますのでぞいてみてくれると飛び跳ねて喜びます。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

無価値と呼ばれる『恵みの聖女』は、実は転生した大聖女でした〜荒れ地の国の開拓記〜

深凪雪花
ファンタジー
 四聖女の一人である『恵みの聖女』は、緑豊かなシムディア王国においては無価値な聖女とされている。しかし、今代の『恵みの聖女』クラリスは、やる気のない性格から三食昼寝付きの聖宮生活に満足していた。  このままこの暮らしが続く……と思いきや、お前を養う金がもったいない、という理由から荒れ地の国タナルの王子サイードに嫁がされることになってしまう。  ひょんなことからサイードとともにタナルの人々が住めない不毛な荒れ地を開拓することになったクラリスは、前世の知識やチート魔法を駆使して国土開拓します! ※突っ込みどころがあるお話かもしれませんが、生温かく見守っていただけたら幸いです。ですが、ご指摘やご意見は大歓迎です。 ※恋愛要素は薄いかもしれません。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

聖女であることを隠す公爵令嬢は国外で幸せになりたい

カレイ
恋愛
 公爵令嬢オデットはある日、浮気というありもしない罪で国外追放を受けた。それは王太子妃として王族に嫁いだ姉が仕組んだことで。  聖女の力で虐待を受ける弟ルイスを護っていたオデットは、やっと巡ってきたチャンスだとばかりにルイスを連れ、その日のうちに国を出ることに。しかしそれも一筋縄ではいかず敵が塞がるばかり。  その度に助けてくれるのは、侍女のティアナと、何故か浮気相手と疑われた副騎士団長のサイアス。謎にスキルの高い二人と行動を共にしながら、オデットはルイスを救うため奮闘する。 ※胸糞悪いシーンがいくつかあります。苦手な方はお気をつけください。

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

処理中です...