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14.「私がっ――毒を入れました」
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「オーウェンと……、アリエッタが……」
マーティン様が動揺したように呟いた。
周囲がどよめき、視線がオーウェン様と、国王様に近い前列に公爵家一族と参列していたアリエッタ様に向けられる。
「オーウェン……」
国王様が青ざめた顔でジェイクに床に押し付けられたままの息子を見つめた。
――しばらくの沈黙の後、国王様は呼び掛けた。
「……オーウェンよ、私の前に来なさい。アリエッタも」
アリエッタ様のお父様が、彼女の腕を引っ張って玉座の方へ連れ出した。
――何か、耳元で囁いた?
それは一瞬のことだったけれど、私は見てしまった。
アリエッタ様が父親に何か囁かれ、微かに眉間に皺を寄せたのを。
次の瞬間には、いかにも不安げなおどおどとした表情に戻っていたけれど。
オーウェン様の方は、彼の腕をジェイクが肩に回し、引きずるように玉座の方へ近づいて来た。「きゃあ」と聴衆から小さな悲鳴が聞こえた。――オーウェン様の形の良い顎は潰れていて、ぼたぼたと血が垂れていたからだ。
私も思わず息を呑む。
ジェイクは私の近くまで来るとオーウェン様の腕を外し床に落とした。
はあ、とため息をついてから私を見る。
「お嬢様、申し訳ありませんがオーウェン様も治して頂けないでしょうか。今のままだと言葉を発することができないと思いますので」
オーウェン様は床に倒れたまま、顎を押さえてゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいた。その度に赤い絨毯に黒い染みが広がる。あまりに苦しそうで、顔をしかめてしまう。
「すいません、やり過ぎてしまいまして……、このままだと気管に血が詰まって死んでしまうかもしれません」
ジェイクが困ったように私に言うので、慌てて、先ほどマーティン様にしたように手を組むと、祈った。――元通りに。白い光がオーウェン様の身体を包む。咳き込む音が止み、オーウェン様はゆっくりと起き上がると、驚愕の表情で私を見つめた。
「オーウェン!」
国王様が大声で息子の名前を呼ぶ。オーウェン様は、向きを変え父親と兄に向かい合った。
その横にはアリエッタ様が寄り添うように立つ。
「エリスの言ったことは本当なのか!? お前とアリエッタがマーティンに、自分の兄に毒を盛ったのか?」
「僕は、お兄様に毒を盛ったりはしていません」
オーウェン様は、真っすぐに国王様を見つめて言った。
「確かに、僕は――、エリスに『君がやったと言わないと、ハウゼン家全員の罪になってしまう』と言いました。――けれど! それは、ハウゼン家の誰かが、僕を次期国王にして、エリスを王妃にするためにお兄様に毒を飲ませたのだとすれば――、エリスが独断でやったのであれば、家族まで重い罪には問われないだろうけど――もしそうでなくて、ハウゼン家自体がそう策略したのであれば、家族全員が重罪で裁かれることは免れないだろうと、そう事実を言ったまでです」
私は言葉を失って、私が治した口をペラペラと動かす婚約者を見つめた。
何を言ってるの? 貴方がやったんでしょう?
「僕は――ハウゼン家は民に慕われる良い領主であることは理解していました。ハウゼン侯爵のことを尊敬していました。だから、ハウゼン家がそんなことをするとは思えなくて、エリス自身が僕を王位継承者にしようと――思いつめてやってしまったのだと思ったのです。しかし――エリス、君はやっていなかったのか!?」
急に彼は、芝居がかった様子で私を見た。
「――貴方がやったんでしょう」私は彼を睨みつけて、そう言おうとした。
そのとき、横で不安そうな表情で立っていたアリエッタ様が、国王様の前に飛び出し、床に頭をつけた。
「私がっ、マーティン様のグラスに――毒を入れました」
マーティン様が動揺したように呟いた。
周囲がどよめき、視線がオーウェン様と、国王様に近い前列に公爵家一族と参列していたアリエッタ様に向けられる。
「オーウェン……」
国王様が青ざめた顔でジェイクに床に押し付けられたままの息子を見つめた。
――しばらくの沈黙の後、国王様は呼び掛けた。
「……オーウェンよ、私の前に来なさい。アリエッタも」
アリエッタ様のお父様が、彼女の腕を引っ張って玉座の方へ連れ出した。
――何か、耳元で囁いた?
それは一瞬のことだったけれど、私は見てしまった。
アリエッタ様が父親に何か囁かれ、微かに眉間に皺を寄せたのを。
次の瞬間には、いかにも不安げなおどおどとした表情に戻っていたけれど。
オーウェン様の方は、彼の腕をジェイクが肩に回し、引きずるように玉座の方へ近づいて来た。「きゃあ」と聴衆から小さな悲鳴が聞こえた。――オーウェン様の形の良い顎は潰れていて、ぼたぼたと血が垂れていたからだ。
私も思わず息を呑む。
ジェイクは私の近くまで来るとオーウェン様の腕を外し床に落とした。
はあ、とため息をついてから私を見る。
「お嬢様、申し訳ありませんがオーウェン様も治して頂けないでしょうか。今のままだと言葉を発することができないと思いますので」
オーウェン様は床に倒れたまま、顎を押さえてゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいた。その度に赤い絨毯に黒い染みが広がる。あまりに苦しそうで、顔をしかめてしまう。
「すいません、やり過ぎてしまいまして……、このままだと気管に血が詰まって死んでしまうかもしれません」
ジェイクが困ったように私に言うので、慌てて、先ほどマーティン様にしたように手を組むと、祈った。――元通りに。白い光がオーウェン様の身体を包む。咳き込む音が止み、オーウェン様はゆっくりと起き上がると、驚愕の表情で私を見つめた。
「オーウェン!」
国王様が大声で息子の名前を呼ぶ。オーウェン様は、向きを変え父親と兄に向かい合った。
その横にはアリエッタ様が寄り添うように立つ。
「エリスの言ったことは本当なのか!? お前とアリエッタがマーティンに、自分の兄に毒を盛ったのか?」
「僕は、お兄様に毒を盛ったりはしていません」
オーウェン様は、真っすぐに国王様を見つめて言った。
「確かに、僕は――、エリスに『君がやったと言わないと、ハウゼン家全員の罪になってしまう』と言いました。――けれど! それは、ハウゼン家の誰かが、僕を次期国王にして、エリスを王妃にするためにお兄様に毒を飲ませたのだとすれば――、エリスが独断でやったのであれば、家族まで重い罪には問われないだろうけど――もしそうでなくて、ハウゼン家自体がそう策略したのであれば、家族全員が重罪で裁かれることは免れないだろうと、そう事実を言ったまでです」
私は言葉を失って、私が治した口をペラペラと動かす婚約者を見つめた。
何を言ってるの? 貴方がやったんでしょう?
「僕は――ハウゼン家は民に慕われる良い領主であることは理解していました。ハウゼン侯爵のことを尊敬していました。だから、ハウゼン家がそんなことをするとは思えなくて、エリス自身が僕を王位継承者にしようと――思いつめてやってしまったのだと思ったのです。しかし――エリス、君はやっていなかったのか!?」
急に彼は、芝居がかった様子で私を見た。
「――貴方がやったんでしょう」私は彼を睨みつけて、そう言おうとした。
そのとき、横で不安そうな表情で立っていたアリエッタ様が、国王様の前に飛び出し、床に頭をつけた。
「私がっ、マーティン様のグラスに――毒を入れました」
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