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10. 「旦那様、お話がございます」(side ジェイク)

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 部屋の鍵を閉め、中央の床に座り胡坐を組むと意識をクワトロと同調させた。
 クワトロの視界が頭の中に流れ込む。
 
 あっという間に宮中に到着した。

(――そこを曲がって)

 クワトロに意思を伝えて、二人羽織のように動く。
 久しぶりの竜との同調に船酔いのような感覚になってしまい、しばらくその場を回転してしまった。

『おい、なんかトカゲ?がぐるぐる回ってるぞ』
『なんだぁ? 酔っぱらってるみたいだな』

 面白がるような守衛の兵士たちの声。

(――気楽なものだな)

 こちらはお嬢様の状況が分からず、いてもたってもいられない心境だというのに。
 からかうような兵士たちをぎりっと睨むと、集中しなおして宮中を進んだ。

(地下牢は、こっちか)

 城への侵入者、城への盗みなど、王宮内に関わる犯罪者は城の地下にある牢へ連れて行かれる。お嬢様もそこに連れて行かれているはずだ。私は重い錠がかけられた地下へと続く扉の格子を潜り抜けると、階段を降下した。

 光の差し込まない暗い地下には窓も無く、淀んだ空気が満ちている。
 私はクワトロと同調したまま、眉間を寄せた。

(こんな所にお嬢様がいていいわけがない)

 耳を澄まし、気配を探る。
 地下牢は断罪までの間罪人を臨時で閉じ込める場所だ。今はお嬢様以外の人間はいないと思う。

 それほど広くない地下で、私はお嬢様をすぐに見つけた。
 彼女は牢の壁に寄りかかって天井を見つめていた。

(――)

 私はぎりりと唇を噛んだ。
 領主に連れて行かれたマリーネ様も裁判を待つ間、このような姿で牢に閉じ込められていたのだろうか。

 今すぐにでも、牢を破壊し外にお連れしたい。
 しかし、今後のことを考えればそんな衝動的な行動はとれない。

(クワトロ、お嬢様に何かあったらすぐに私を呼んでくれ)

 そう伝えて意識を自分の身体へ戻した。
 お嬢様の身体に危険が及ぶようなことがあれば、直ちに城自体を破壊してやる。

「旦那様、お話がございます」

 父親と共に旦那様を部屋にお呼びする。

「どうした、ハワード。伯父上には手紙を書いたが……」

「旦那様、実は、息子のことでお話があるのです」

「ジェイク?」

「息子に、お嬢様をお救いする手だてがあるようなのです」

「――本当か」

「はい」と私は頷いた。

「お嬢様に前世の記憶を取り戻していただくのです」

「前世の記憶!?」

 旦那様はがたっと立ち上がると、しばらく驚いたような顔で私を見つめて、それから椅子に座り直した。

「お前は、こんな状況で冗談を言う人間ではない。――詳しく話を聞かせてくれ」

「旦那さま!」

 旦那様なら話をきちんと聞いてくれると思っていた。
 この方は、そういう方だ。

「実は私には、前世の記憶がございます。――勇者ルーカスとして魔王を討伐した記憶が。
そして、お嬢様の前世の前世は――私と共に魔王を倒した――いいえ、『共に』という言い方はおこがましいですね――魔王討伐の真の功労者である、聖女マリーネ様なのです」

「それは――にわかに信じがたいことだ」

 旦那様は目を白黒させて父さんを見る。

「ハワード、お前の息子の話は――本当なのか」

「実は、何と言っていいのか――私も、まだ受け止め切れてはいないのですが、実際に、竜騎士であったルーカスの乗っていたと伝えられる、4枚羽の赤竜を召喚したところを見ました」

「竜、を召喚――?――――この、屋敷の中でか」

「勝手なことをして申し訳ございません。お嬢様の安否を確認したかったもので――今、私の竜、クワトロはお嬢様のもとにおります」

「エリスのところに!?」

 旦那様の目の色が変わった。

「エリス! エリスは無事なのか!」

「はい。憔悴はされているようですが、無事です。城の地下牢に閉じ込められております。お嬢様の身に危険が及ぶようなことがあれば、私はすぐさま牢を破壊し、お嬢様を外にお連れする所存でいます」

「牢を破壊――」

「その場合、旦那様や奥様、お坊ちゃまたちに多大な迷惑をおかけしてしまうかと思います。もし反逆者として追われることにでもなるのであれば、私は屋敷全員を避難させるつもりでおります」

「その話は聞いていないぞ」と父さんが驚いた顔を向けた。

「お嬢様は寒い場所より暖かい場所の方がお好きなので、南の地方へ、と考えております。ルーカスとして旅をしていた時に立ち寄ったセリーヤ島という美しい島がございますので、そちらへ皆さんをお連れしようと思っております。クワトロの親族竜を召喚し手伝ってもらえば、ご不便なく移動できるはずです」

「『寒い場所より暖かい場所の方がお好き』か」

 旦那様は微笑んだ。

「いつもエリスのことを実兄のように見守ってくれる、お前の言葉だ。信用しよう」

「ありがとうございます。旦那様」

 旦那様は真剣な面持ちで私を見つめた。

「それで……エリスを助ける手立てというのは」

「はい。先ほど、お嬢様が聖女様――マリーネ様の生まれ変わりでいらっしゃるというお話をしましたが、マリーネ様は優れた聖魔法の使い手でした。私のように過去の記憶を取り戻せば、魔法が使えるようになると思うのです。その力でマーティン様を回復いただければ、お嬢様に対する疑惑も晴れるはずです」

「――エリスがその聖女様の生まれ変わりというのは、本当なのか?」

 それから旦那様は困ったように頭を掻いた。

「ジェイク、お前は――、お前、と今まで通りに呼んでいいものか――」

「今まで通りに接していただいて構いません、旦那様。今の私は、この屋敷の執事の息子のジェイクに過ぎないのですから」

「――わかった。お前は、確かに昔から普通と違っていたが――、エリスは、あの子はどこからどう見ても普通の娘なのだが」

「私は前世の記憶がございますが、お嬢様は何も覚えていらっしゃらないので、仕方がないことです。でも、私にはわかるのです。お嬢様がマリーネ様であると」

「――どうやって、記憶を戻すのだ」

「名前を、強く呼びかければ、きっと」

「うまくいかなければ」

「屋敷全員で移住がよろしいかと」

「私は」と言葉に詰まった旦那様に私は念押しした。

「旦那様ももちろん行っていただきます。領地のことが気になりますでしょうが、生きていてこそですので」

 旦那様は一瞬ぽかんと口を開けて、それから「くっくっ」と口角を上げた。

「そこまで言われると何も言い返せないではないか」

 それから不安そうな父親としての表情に戻った。

「――記憶が戻ったとして、エリスは、その、今までのエリスではなくなるのか?」

「どういう状態になるのか、わかりません。――しかし、記憶が戻ったところで、人格が変わるわけではないと思いますので、お嬢様は、お嬢様のままであると思います」

「それで、どのように――」
 
 そのとき、私はクワトロからの信号を感じた。
 
「――少々お待ちください、状況に変化があったようです」
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