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6.繰り返し同じ夢を見ていた。(side ジェイク)

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 私、ジェイク=サイモンは、ハウゼン侯爵家の使用人を取り仕切る執事の父と、大奥方様付の侍女をしていた母の下に生まれた。

 私は物心ついたころから繰り返し、繰り返し同じ夢を見ていた。
 
『――貴方がやるのよ。貴方ならできるわ』

 夢の中で、元は真っ白だったはずなのに、激しい戦いの結果、ボロボロになり赤く染まったローブに身を包んだ彼女が、自分を見つめてそう訴えかける。

 周囲には動かなくなった『仲間』たちが無造作に地面に転がっている。

 彼女の後ろには彼女の身体の何倍もの大きさの、到底生き物とは呼べない醜悪な塊が蠢いている。それは『悪意』が命を持ったもの――『魔王』と人々が恐れる存在。彼女の身体は半分それに吞み込まれてしまっていた。―――それでも、いつもと変わらない穏やかなで彼女は私に笑いかける。

『――貴方ならできるわ』

 異形の存在に身体を喰われながらも、彼女は聖なる力でその怪物を抑え込んでいる。
 彼女の望みを叶えるために、私がやるべきことは、ただ一つ。

「うわぁぁぁぁ」

 魔を滅ぼすという白い光に包まれた剣を握りしめ、私は叫びながら剣先を怪物に突き立てた。

 いつもそこで目が覚めた。

 ――彼女が誰なのか、剣など握ったことがない自分が何故そんな夢を見るのか。
 それはわからなかったが、私はとても悲しい気持ちになって、わんわんと泣いてしまって、母を慌てさせたことを覚えている。

 それが自分の前世の記憶だと気づいたのは、5つの時、母親がかつて魔王を倒したという勇者の話を寝物語に聞かせてくれた時だった。

『――竜騎士ルーカスの駆る赤竜は、空から魔物をその炎で消し去りました――』

【ルーカス】

 懐かしさを感じる女性の声が耳元で囁いた気がして、私はそれが自分の名前だと、当たり前のことのように思い出したのだった。
 私は今の自分、ジェイク=サイモンとしてこの世に存在する前の人生を、魔王を倒した勇者『ルーカス』として生きた。

 そして同時に、繰り返し夢に出てくる彼女の名前も思い出した。

 【聖女・マリーネ】――それが、彼女の名。

 勇者の物語の中では、魔王を討伐した仲間の中に『聖女』がいたと語られるだけで、後世に伝えられていない彼女の名を、私ははっきりと覚えていた。

 彼女――マリーネは、私の前世であったルーカスにとって姉のような存在だった。

 彼女は孤児だったルーカスを育ててくれた修道院の若い修道女だった。
 綺麗な金髪とアーモンドの様な丸い茶色い瞳の女性。
 
 貧しい村の外れの修道院の孤児たちはいつも飢えていた。ある日、ルーカスは領主の畑から果物を盗んで、仲間に食べさせた。そして、そのことがばれてしまい、領主は『盗人を出せ』と修道院に殴り込んで来た。『犯人を出さなければ、全ての援助を打ち切る』と領主は言った。

 領地内の犯罪は、全て領主が量刑を決める。盗人は腕を切られるのがルールだった。
 けれど彼女は名乗り出たのだ。

『私がやりました』 

 怯えて硬直するルーカスの肩をさすりながら、いつもと変わらない優しく穏やかな声で彼女は言った。連行される彼女を見ながら、ルーカスは、黙って震えていることしかできなかった。そして彼女は牢に入れられ、腕を切られ、領地の外に追放された。

 彼女に一言謝りたい、彼女のために何かできることをしたいと、ルーカスは孤児院を飛び出し、彼女を追いかけた。しかし、その所在は知れず。
 周辺地域を周遊し彼女を捜せる仕事。そして、有名になり顔を知られるようになれば、再会することができるかもしれないと、ルーカスはその土地で著名な竜騎士の一団への入団を目指した。

 もともと竜騎士に必要な魔法の才能があったことが幸いし、わずか数年、16の歳には入団を認められ、自分の竜を手に入れた。そして各地を巡りながら彼女の情報を捜すうち【片腕の聖女】の噂を耳にする。傷を癒し邪悪な者を退ける強力な聖魔法使い手で、魔王討伐部隊の一員として活躍している片腕の修道女がいる、と。
 
 直感で、彼女だと思った。

 ルーカスは魔王討伐部隊に志願し、その聖女に相まみえた。
 予想通り、【聖女】は彼女だった。
 私の罪を被って腕を失い、痛みを耐え抜いた彼女は神の啓示を受け、その力を人々のために惜しみなく使っていた。 
 再会したとき、彼女は、一目で気付き、嬉しそうに笑った。「立派になったわね」と。

「あの時、果物を盗んだのは――」

 そう言いかけた私の口を彼女は指で塞いだ。

「いいのよ、ルーカス。あれは私がやったんだもの」と微笑んで。

 ルーカスはその時に、これからは彼女を何があっても自分が守ろうと決意した。
 そして、それから数年、彼女と共に魔王を倒す旅をした。

 ――けれど結果は。

 魔王は倒したものの、仲間を失い、彼女を失い、ルーカスだけが生き残った。
 【魔王にとどめをさした勇者】として英雄譚を残したルーカスだったが、彼自身にとって大切なものは、結局何も残らなかった。

 ルーカスは彼女を助けられなかったことを悔いたまま、魔王の残党との戦いに明け暮れ、魔王討伐から10年後に戦死した。
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