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14.通路

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 その日の夜にはルピアに入って、その翌々日には王都についた。

「ありがとうございました」

 そう言って荷馬車を降りると、目の前に見慣れた石造りの大きな城が立っていた。

 周囲の人たちがざわざわとこちらを見ているのがわかった。
 私の周りをぐるぐると回る二匹の狼を怖がっているみたいだ。

 こちらでは狼なんて街中で見ることないものね。

「アル、イオ」
 
 私は彼らの前を呼んで、頭を撫でて話しかけた。

「あのお城の中に入れる? 後ろに回ると生垣があるわ」

 そう囁いてお城の方を指差すと、賢い二匹はぱっと左右に散って駆け出した。
 人が小さく悲鳴を上げて横に避ける。
 私はその間に人込みに紛れて、城に向かって歩き出した。

 路地に入り、ぐるりと城の周りを回って裏庭を目指す。
 ――リーゼロッテは、時折裏門からお忍びで城下町に出ることがあった。
 
 だから……、

「リーゼロッテ様?」

 私は堂々と門をくぐる。門番が私を見つめて問いかけた。

「何か?」

「いえ……お付きの方は」

「余計なことを聞かないで頂戴」

 いつもリーゼロッテがしていたように、眉間に皺を寄せて門番を睨む。
 今の私の額にはもう傷跡はない。
 堂々と振舞えば、私はリーゼロッテだ。

「――申し訳ございません」

 恐縮したように門番は私に一礼をして、また元の位置に戻った。

「――簡単ね」

 思わずそう呟いて、私は裏庭を抜けてもともと生活していた離れの塔の方へ向かう。
 塔へ向かう方向は普段誰も人が来ないため、庭の手入れも適当で伸びた植木が茂っているだけだ。

 その時ガサガサと音がした。
 そちらを見ると、狼が二頭私を見返して鼻を鳴らしている。

「アル、イオ」

 頬を緩ませると、二匹はこちらに駆けてきた。
 彼らを両脇に抱えて、植木の茂みに隠れる。人気がないといっても、明るいうちは目立ってしまう。暗くなるまで待とう。

 だんだんと日が暮れていくけれど、ふかふかした大きな塊が右と左にあるので寒くはない。日が完全に落ちてから、私は動き出した。

 いつも日が昇る前から、裏庭を通って水を汲みに行っていたから、暗くてもどこに行けばいいかはよくわかる。

 そのま塔に入ると、記憶をたどって地下に向かった。
 ぐるりと階段を降りた先の小さな部屋、そこにある古びた木製の扉。
 それを開けると、昔と同じように暗い道がどこまでも続いていた。

 私は狼たちとそこに入ると、扉を閉めた。

 暗闇を進んで行く。最初は床に石が敷いてあったけれど、途中から土に変わった。どこまで続いていくんだろう。狼二匹は先へ駆けて行って、「まだか」というように私を待っている。

 追いつくと、銀色のアルが「遅いから乗れ」とでも言うように私に背を向けて座った。

「重たくない?」

 そう聞きながら背中にしがみついてみると、一声吠えてそのまま走り出した。
 顔に風を感じるほどの速度でぐんぐん進む。
 どれくらい進んだかわからないところで、道が上り坂になった。
 昇りきると、入口と同じような木の扉がある。
 
 私が押しても開かなかったので、イオが体当たりをして、扉を開けてくれた。
 外気が流れ込んできて、明るい光が少しだけ差し込む。いつの間にか朝になっているようだ。

 扉を出てみると、そこはどこかの洞窟の中のようだった。
 明るい方へ進んで、外へ出てみると、そこは小高い丘の森の中で、遠くに畑が見える。

 小さい小川も流れていて、二頭はそこで勢いよく水を飲みだした。
 私も手で水をすくって飲むと、目を凝らして城の位置を確認した。
 それから空を見上げて、太陽の位置を見た。
 ポケットから紙を出して、その二つの位置関係を描き込んで、「ルピアの城への通路」とメモをして、ハンカチに包んでから銀狼のアルの首に布で巻き付ける。

「これをアーノルドに届けて頂戴ね」

 そう言って背中を叩くと、銀狼は駆け出した。
 私はイオの背中を撫でて、洞窟へ戻る。
 まだすることがある。

 ***

 帰りはイオの背中に乗せてもらって塔まで戻った。
 こっそりと裏庭に出ると、また夜が来ていた。

 私は準備していた黒い布を顔に巻くと、いつも使っていた通路を通ってリーゼロッテの部屋へと向かった。

 この時間、もうリーゼロッテも侍女たちも眠っているはずだ。
 幸い、暗い城内では誰にも会わなかったので、真っ直ぐに部屋の前まで来れた。

 一呼吸を置いて、そのまま部屋へ入る。
 リーゼロッテはベッドの上ですやすやと寝息を立てていた。

「イオ」

 私は狼に呼びかける。白狼はタニアの時と同じようにリーゼロッテの身体の上に伸し掛かった。

「な……に……?」

 目を覚ました私の双子の姉は、暗闇に浮かぶ白い狼を目にして、言葉を失って、目を大きく広げた。それから、口を開ける。それを私は後ろから布団だ塞いだ。

「静かにして、ついてきてもわうわ」

 そう言うと、リーゼロッテは信じられない、という顔で私を見た。

「どうして、『口無し』がここに……いるのよ……」

 私は前髪を持ち上げた。傷跡がない額を見てリーゼロッテはさらに瞳を大きくする。
 囁くように言った。

「『口無し』じゃないわ。私の名前はリズよ。お姉さま」
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