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12.できることは

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「おはよう、リズ」

 そう笑いかけて、アーノルドは毎朝私の額の傷跡にキスをするようになった。
 日に日に、傷跡が薄くなっていく。
 鏡を見るたび、私はリーゼロッテではない方――名無し・口無しの私ではなく、「私」――リズという存在になっていくのを感じていた。

 こんな日々がいつまでも続けば良いと思った。
 このまま、アーノルドと結婚して、一緒に生活していきたい。

「私に」
 
 鏡の中の自分に問いかける。

「私に何かできることはあるかしら」

 思い出したことがある。ラピスの城の、私が暮らしていた外れの塔の地下に、古びた扉があった。額に焼き印を押された幼いころ、私は熱を帯びた傷跡を押さえて泣きながら城から逃げ出そうとしたことがあった。私は地下に逃げ込んで、その扉を開けた。その先にはどこまでも続く暗い道があって、私はその先へ進んだけれど、途中で傷が痛くて痛くて動けなくなってしまった。

 ――そして、お父様に連れ戻されたのだ。
 「手を煩わすな。許可なく声を出すな」とそれだけ言われて。
 あれから、私は自分の扱いに疑問を持つことも考えることも止めてしまった。
 言われるままに与え垂れた役割をこなす方が、考えるより楽だから。
 
 ――けれど、今は自分自身の考えで思う。
 ここでのアーノルドと過ごす時間はとても楽しくて、幸福だ。
 それを自分自身で守らなければ。
 何も考えず何もしなければ、何も変わらないのだから。

「ねえ」
 
 私は両脇に寄って来たふわふわした生き物の背を撫でた。
 銀色の狼のアルと、白色の狼のイオ。
 この2匹はここで飼われている狼の中でも特に賢いらしく、王宮の中を自由に出入りしている。この子たちがいるとタニアが近くに寄りつかないので、私はアーノルドに頼んで2匹を近くに置かせてもらっていた。
 ――タニアは「いつ、この生活が終わるかしら」とそんなことしか言わないから。

「どうして、あそこにお父様自身が捜しにきたのかしら」
普通はお母様かリーロッテの侍女が捜しに来るはずなのに。
あそこは、王族しか知らない何かの通路なのではないだろうか。

もともと、私が生活するように言われていたあの塔は、王族か、側近の人――私の事情をしている人しか入ってはいけないとされる場所だ。

何かがあった時に外に逃げるための通路――やそんなものなのではないだろうか。
もし、そうなら、それをアーノルドに伝えたら?
ここを攻めるのであれば、直接の隣国のラピスのお父様が中心になるはずだ。
先にラピスを襲ってしまえば?


「……あの通路がどこに繋がっているか、確かめる方法はあるかしら」

 それには、もう一度あの場所に戻らないといけない。
 私はしばらく二匹の狼の頭を撫でながら思案して、それから彼らに声をかけた。

「ごめんなさい、ちょっと部屋から出て行ってくれる?」

 賢い二匹は返事をするように一声吠えて、部屋の外へ駆け出して行く。

 私は部屋を出ると、隣のタニアの部屋のドアをノックした。
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