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11.部屋を訪ねる

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 その日の夜、いったん落とした化粧をもう一度し直して、ランプを持って部屋を出た。

 『もう、陛下はここを攻める算段を立てられているかしら』

 タニアの言葉が頭の中をぐるぐると回る。
 お父様は、ルピアはいつ他の国と協力して、ここに襲ってくるだろうか。
 アーノルドたちだって、一斉に攻撃されたら、ひとたまりもないんじゃないだろうか。
 そんなことを考えていたら、いてもたってもいられなくなった。

 ――少しでも長い時間アーノルドと一緒にいたいと思った。

 アーノルドの寝室をノックすると、「――誰だ?」と鋭い声がした。
 「リーゼロッテです」と答えると、ガチャリと扉が開いた。

「どうしたんだ? こんな時間に? 1人で?」

 青い目を丸くして、アーノルドはぽかんと口を開けている。

「あなたに、会いたくて来ました」

 私はそう答えると、そのまま彼に抱きついた。
 姿を見て声を聞くだけで、安心感を感じた。
 そう、私はこの人が好きだ。
 
 しばらくぎゅっと胴体にしがみついていると、アーノルドは私の髪を撫でて、「とりあえず、中に入れ」と語りかけた。

 アーノルドが部屋のランプに灯りをつけてくれる。
 私と彼はソファに腰掛ける。

「何かあったか?」
 
 そう問いかけられて、私は羽織を脱ぐと、夜着の腰紐を解いた。

「リーゼロッテ!」

 アーノルドが困惑したように私の手を握る。

「――何をしているんだ? 俺たちはまだ結婚しているわけでは」
 
「だって――、時間がないんだもの」

 気がついたら、目からぼたぼたと涙が湧き出していた。
 感情が溢れて思考がまとまらない。
 お城の塔の片隅の部屋で顔を隠して言葉を封じて暮らしている間に、泣くなんてことは忘れたはずなのに。
 だって、泣いたって、誰かが何かをしてくれるわけじゃない。
 「口無しが泣くな」って部屋から出してもらえなくなるだけだもの。
 私は両手で顔を押さえて足を抱えてうずくまった。

「泣かないでくれ」

 声がして、ぐいっと身体が引き寄せられた。大きい胸元に頭がと当たる。
 羽織を着ただけのアーノルドの胸元は温かい銀色の毛で覆われていて、ふわっと温かさに包まれた。私は鼻をすすって、顔を上げた。

「リーゼロッテ、あなたが泣いている顔を見るのは嫌だ」

 アーノルドはそう言って、私の目元を手でぬぐった。
 それから目を大きく広げた。視線が額に向いている。
 涙を手で押さえて、顔をこすったせいで額の傷痕を隠していた化粧が取れたのだろうか。私は慌てて額を隠して、後ろに下がろうとしたけれど、背中に回されたアーノルドの手が私をその場に引き留めた。
 
「リーゼロッテ、その額の傷は……刻印痕……?」

「――私は、」
 
 私は俯いて喉の奥から言葉を絞り出した。

「私はリーゼロッテではありません」

「リーゼロッテではない?」

 顔を上げることができなかった。アーノルドはどんな表情をしているだろう。
 軽蔑するような顔か、困惑するような顔か。

「――――私は、リーゼロッテの双子の妹です。父はリーゼロッテの代わりに私をあなたの相手として送りました」

「ラピスの姫君は1人と聞いているが……」

「双子は忌むべきものとされていますから。私はいないものとされていました」

「こっちを向いてくれ」

 アーノルドが私の肩をぐっと押して、上を向かせた。
 目と目が合った。――顔を背けようとして、私は固まってしまった。
 あんまり真剣に、彼が私を見ていたから。

「……あなたの名前は?」

「――名前はありません。私は本来、いるべきではない存在でしたから」

「双子が忌むべきもの? ――くだらない、迷信じゃないか」

 アーノルドは私を抱きしめる。

「そんなことだろうと思っていた。やすやすとこちらの要望を聞き入れてもらえるとは思っていなかったよ」

 よしよしと髪を撫でる手に、私は謝るしかなかった。

「――ごめんなさい」

「なぜ、あなたが謝る?」

「だって、私はリーゼロッテではないのに、リーゼロッテとしてふるまっていた」

「泣かないでくれ。俺が泣き顔を見たくないのは、あなただ。――リズ」

「リズ?」

 ぱちぱちと瞬きすると、アーノルドは困ったように笑った。

「妻を呼ぶのに、呼び名がなければ困るよ。とりあえず、リズと呼んでみたが、どんな呼ばれ方が良い?」

「妻……ですか、私はリーゼロッテではありませんが……」

「関係ない。俺がこの一月、一緒にいて心地よく、これからも一緒にいたいと思ったのはあなただ。――名前がないなら、つければいい。あまり『リーゼロッテ』から離れすぎてしまうと、周囲が混乱しそうだから、リズでどうだろうか」

「――――私をリーゼロッテとしてあなたのもとに送ったのは、たんに時間稼ぎです。父は周囲の国と協力して、あなたたちを攻撃すると言っていました」

「そうか。それは何とかしないといけないな」

 アーノルドは耳を掻いて笑った。

「目の敵にされるのはわかっていた。――それは、どうにかするだけだ」

「どうにかするだけ……ですか」

 あっけらかんとした物言いに、思わず口を開けると、彼は笑った。

「リズ、あなたは、心配しなくていいんだよ」

 アーノルドは私を抱きしめると、額の傷に唇を重ねた。

「これは――、誰が?」

「姉が、リーゼロッテが同じ顔が嫌だと言ったので……侍女が……」

「痛かっただろう。大丈夫、痕は消してやれる」

 アーノルドは何度も唇を落とした。
 その度にじんわりとそこが温かくなる。

「これは……」

「獣人は回復力が強いんだ。傷は唾でもつけれおけば数日で消える。――だから、持ち主は何度も何度も焼き印を押すんだ」

 アーノルドは自分の首を撫でた。
 何の傷跡もない綺麗な肌だ。

「――俺の父親が死んでから、叔父は俺の首に焼き印を押したよ。もう痕は消えたけど、いまだに痛む」

 彼はまた私を抱きしめて、呟くように言った。

「今まで辛かっただろう。でも、これからは俺があなたを守るよ。あなたの笑った顔がとても可愛いと思ったから」

 私はふかふかした胸元に顔を埋めて、背中に手を回して強く抱きついた。
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