上 下
6 / 18

6.隣国の王宮

しおりを挟む
 翌日の夕暮れ近く、私たちはテネスの王都に到着した。
 ルピアに比べてもこじんまりとした城下町だったけれど、街中には獣人の人たちや、ところどころ人間が忙しなく動き回っている。みんな馬車を視界に入れるとこちらに向かって手を振って道を開けてくれた。

 建物はやっぱりところどころ壊れた痕がある。
 ――やっぱり、大きな争いがあったんだろうか。

「――壊れている場所が多いのですね」

「そうだね。しばらく国内が混乱していたから――でも、今は大分落ち着いているから安心して良いよ。もう王宮だ」

 アーノルドはまた笑って窓の外を指差した。

 ルピアの城と違って、到着した王宮は平たい、お屋敷のような建物だった。
 馬車を降りたところで、大きな銀色と白色の毛をした狼のような大きさの犬がこちらに勢い良く駆けてきた。

 ……ふわふわしてるわ。

 思わず手を伸ばそうとすると、横でアーノルドが「待て!」と焦ったように手を出した。

 犬は大人しくその場に座る。

「悪い。怖がらないでくれ。王宮内には何頭か狼がいるけど、皆、命令を聞いて噛みつくようなことはないから」

 アーノルドが困ったように笑いながら言った。
 犬じゃなくて、狼なのね……。

「あなたが来るから奥に閉じ込めておくように言っておいたんだけど……出てきてしまったみたいだ」

「大丈夫です」

 私はそう答えると白い方の狼の頭を撫でた。
 狼も犬も変わらないのね。
 ……犬は好きだ。ルピアの城でも、門番が番犬を飼っていた。
 周りに人がいなければ、その犬に話しかけるのが日課になっていた。
 そうでもしないと言葉が本当に口から出てこなくなってしまう気がしたから。
 こちらが話しかければ、鼻を鳴らしたり返事をしてくれる賢い子だった。
 
「名前はなんですか?」
 
 そう聞くと、アーノルドは相好を崩した。

「白い方がアル、銀色の方がイオだ」

「アル、イオ、よろしく」

 そう言って拳を突き出すと、二匹は私の手の匂いを嗅いで、ワウっと一声吠えた。

その時、「ぎゃぁ」と悲鳴が上がった。
後ろからついてきたタニアが狼を見つけて上げた悲鳴だった。

「だ、大丈夫ですか!?」

 彼女は距離を保ったまま私に蒼白の表情でそう聞いた。

「大丈夫です。……とても賢いわ」

 そう答えて狼の頭を撫でた。

 ***

 案内された部屋はとても広くて、居心地の良さそうな部屋だった。
 天蓋のついたベッドもある。

「長旅、疲れただろう。ゆっくり休んでくれ。必要なことは、レオナに何でも言ってくれ」

「よろしくお願いいたします。リーゼロッテ様」

 道中、ずっと馬に乗ってついてきてくれた茶色い耳を持った、アーノルドと同じ狼の獣人だと思う女性がそう言って前に出る。

「それでは、俺はいったん失礼する。夕食の席でまた」

 アーノルドはそう言って部屋を去ろうとした。

 その手を掴むと、私は気になっていたことを聞いた。

「同じ部屋ではないのですね……?」

 広い部屋だったが、室内の調度品は一人分、という感じだった。
 アーノルドは少し驚いたような顔をして、耳を掻いた。

「――3月後にあなたのお父上や他国の来賓を招いて婚礼の式を行う。それまで、こちらでの暮らしに慣れてもらえればと思う」

 確かに、その間に、お父様はここを襲う算段を周辺の国とつける、という話だった。
 私の役目は、それまでリーゼロッテとしてここで暮らすこと。
 けれど……そう、それまでは夫婦というわけではないのね。

 私は首を少し傾げた。

 その役割を務めるつもりで来たので、そう言われて少し困ってしまった。

「暮らしに慣れる、というのはどうすれば……?」

 何をどうしろと言われないと、何をすればいいのかがわからない。
 そう聞くと、アーノルドは少し困った顔をして笑った。

「好きなことをしてもらえれば良い。レオナ、とりあえず王宮内を案内してあげてくれ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています

中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。

運命の番

ファンタジー
「やっと見つけた。俺の番」 ようやく巡り逢えた。 狼皇太子のレイドと、不思議な国イシスの王女アーシェンの恋物語。 ※ムーンライトノベルズでも掲載しています

きっと、貴女は知っていた

mahiro
恋愛
自分以外の未来が見えるブランシュ・プラティニ。同様に己以外の未来が見えるヴァネッサ・モンジェルは訳あって同居していた。 同居の条件として、相手の未来を見たとしても、それは決して口にはしないこととしていた。 そんなある日、ブランシュとヴァネッサの住む家の前にひとりの男性が倒れていて………?

逃げた先の廃墟の教会で、せめてもの恩返しにお掃除やお祈りをしました。ある日、御祭神であるミニ龍様がご降臨し加護をいただいてしまいました。

下菊みこと
恋愛
主人公がある事情から逃げた先の廃墟の教会で、ある日、降臨した神から加護を貰うお話。 そして、その加護を使い助けた相手に求婚されるお話…? 基本はほのぼのしたハッピーエンドです。ざまぁは描写していません。ただ、主人公の境遇もヒーローの境遇もドアマット系です。 小説家になろう様でも投稿しています。

村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。

木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。 彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。 ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。 その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。 そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。 彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。 紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。 すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。 しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

【完結】スクールカースト最下位の嫌われ令嬢に転生したけど、家族に溺愛されてます。

永倉伊織
恋愛
エリカ・ウルツァイトハート男爵令嬢は、学園のトイレでクラスメイトから水をぶっかけられた事で前世の記憶を思い出す。 前世で日本人の春山絵里香だった頃の記憶を持ってしても、スクールカースト最下位からの脱出は困難と判断したエリカは 自分の価値を高めて苛めるより仲良くした方が得だと周囲に分かって貰う為に、日本人の頃の記憶を頼りにお菓子作りを始める。 そして、エリカのお菓子作りがエリカを溺愛する家族と、王子達を巻き込んで騒動を起こす?! 嫌われ令嬢エリカのサクセスお菓子物語、ここに開幕!

処理中です...