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1.”口無し”と呼ばれる私

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 日が昇る前に目を覚ますと、私は硬いベッドから起き上がり、水壺から水を汲み、冷たい水で顔を洗うと、黒い布を口の周りに巻く。鏡を見ると目だけが出ている。この布を巻かないと、私は部屋の外に出られない。

 ――私は、いてはいけない存在だからだ。

 私には名前がない。私は、この国ルピア王国の姫――リーゼロッテの双子の妹だ。この国では双子は不吉なものとされている。王族に双子が生まれたのであれば、片方は殺されて当然――。

「でも私は生かしてもらえているから、幸せ」

 何度も父親や母親やリーゼロッテに言われた言葉を鏡の中の自分に向かって繰り返す。
 鏡の中の私の額には、親指ほどの大きさの十字の痣がある。『王家の紋章』の焼き印の痕だ。王家が公認した工芸品に押される焼き印の痕。

 これを押されたのはいくつの時だったか忘れたけれど、とても熱くて痛かったことは覚えている。

『わたしと同じ顔なんて気持ち悪い』

 そのリーゼロッテの一言で、私の両親は私にこの焼き印を入れた。
 私は彼らにとっては、人ではなく所有物に過ぎない。

 私は部屋の外に出ると、ランプを手に階段を下り、城の庭にある井戸に向かう。
 かめに水を汲み、浴室を満たすまで何度も往復し、次に薪を運んで火を起こす。
 リーゼロッテの朝の入浴のためだ。

 そうしているとあっという間に夜が明けて空が白んで来た。

「“口無し”、まだお風呂の準備ができていないの?」

 燃える火に息を吹き入れていると、後ろから声が飛んできた。
 リーゼロッテの侍女たちだ。
 言葉を話すことを許されていない私は「はい」と無言で頷く。

「早くして頂戴。リーゼロッテ様がもうすぐ目を覚ましてしまうわ」

 彼女たちはいらいらした様子でそう言ってから、言葉を続ける。

「それが済んだら、私たちの部屋のシーツを変えて、洗い場へ持って行って洗濯してね。最近暑くなって寝苦しいから、変えないと気持ちが悪いの」

 彼女たちの部屋のシーツは2日前に交換したばかりなのに……。
 思わずため息を吐いた。数人分のシーツ交換と洗濯は重労働だ。

「――ため息? “口無し”のくせに、ため息はつけるのね」

 侍女の言葉が後ろから飛んできたが、私は薪を燃やすことに集中した。
 
 ……私がリーゼロッテの双子の妹であることを知っている人間は城内にはほとんどいない。私は、どこかから拾われてきた口の利けない可哀そうな孤児とされているんだろう。
どこかの貴族の令嬢であるリーゼロッテの侍女である彼女たちが、こういう態度をとるのはきっと仕方がないことなんだろう。

 風呂を沸かし終え、侍女たちの部屋に向かい、部屋を掃除しシーツを剥がす。
 籠に入れたそれを抱えて廊下に出ようとすると、向かいから、風呂に入り終え身支度を整えたリーゼロッテが侍女を従え歩いてくるのが見えた。

 さっと廊下の隅に寄り、頭を下げる。

「――あら、“口無し”じゃない。そんな煤だらけの服で掃除をしていたの? 逆に部屋が汚れてしまうじゃない」

 私を見て、リーゼロッテは顔をしかめた。
 綺麗に結われた金色の髪に緑の瞳。傷のない額はしかめ顔でも綺麗だ。
 一方の私は煤で裾が黒くなった粗末な服を着て、ぼうっとそれを見ている。

「何をつっ立っているの。――謝りなさい。そして、着替えて掃除をやり直して」

 リーゼロッテはさらに顔をしかめた。
 私ははっとして深く頭を下げた。言葉を話すことは許されていないから、こうやって頭を下げるしかない。

「わかったら、さっさと動きなさい」

 しっしと手を動かしたので、私はそそくさとシーツを抱えて洗い場へと走った。

 日が暮れる頃、1日の仕事を終え部屋へ戻ると、お父様の側近の男が部屋の前に立っていた。私は首を傾げる。いつもなら、彼は部屋の中に冷たいパンとスープを置いて出て行くだけなのに、今日は私を待っていた……?

「国王陛下がお呼びだ。私についてこい」

 彼はそう言うと、暗い廊下を歩き出した。
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