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リアム様が私を慕っている。
そうだ、彼は私の事を『意中の相手』と言っていたんだわ……。
そのことを思い出して、私は赤面してハンカチで顔を覆った。
「可愛い顔を隠さないでください」
リアム様はそう言ってハンカチを下げた。布の隙間から微笑む黒い瞳が見える。
「――あまり、お話したこともないのに……どうして私なんかを……」
「ルイーズ様、いえ、ルイーズとお呼びしても?」
頷くとリアム様は言葉を続けた。
「俺とあなたはずいぶん前に会っているんだ」
「……?」
首を傾げると、リアム様は残念そうに笑った。
「やはり覚えていないか……、10年ほど前のことなので仕方ありませんが……、あなたはお父上と一緒に俺の国、ネピアに来た」
私のお父様は国の通商を管理する仕事をしている。そのため、周辺国を訪ねることがよくあり、旅行がてら家族を連れて行くことも多かった。
「その時……、ネピアの城下町で異国の楽器を弾く子どもに会わなかった?」
私は記憶を辿った。
確かに……城下町で旅芸人の子どもみたいな格好の……楽器を持った男の子に会った記憶がある……。
「それが、俺だったんだ」
あの男の子がリアム様?
記憶の中の少年と目の前のリアム様が一致せず、何度も瞬きをしている間に馬車が停まった。
「着きましたよ」
リアム様はそう言って扉を開けると、私の手をとった。
***
私は離宮の庭園に案内された。
「……綺麗……」
庭には、色々な種類の薔薇の花が咲き誇っていた。
「気分転換になるかな。今、お茶を用意しますね」
私を花園が良く見えるベンチに腰掛けさせると、そう言ってリアム様は自分で屋敷の中へ消えて行き、戻って来たと思ったらお茶のセットが載ったワゴンを押して出てきた。
「お待た……」
言いかけて、庭園の段差に引っかかってがくっとよろめいたリアム様は息を整えてから何事もなかったような顔で、「お待たせしました」と笑った。
「……ご自分でやるんですね……」
つられて笑い返すと、リアム様は安心したように笑った。
「ルイーズ、あなたは笑顔が何より可愛い」
……今のはわざとだったのかしら。そんなことを考えつつ、赤面した頬を押さえると、リアム様は紅茶をカップに注いでくれた。甘い花の香りが匂い立つ。――それは薔薇の香りのする紅茶だった。
「良い香り……」
思わずコップを持ち上げて鼻に近づけた。
「あなたは薔薇の香りが好きだと思って」
「……よくご存じですね。そうなんです」
私は薔薇を育てることが好きだ。花全般のお世話が好きだけど、特に薔薇は綺麗な花を咲かせるのに手がかかる。手がかかる分、自分の手で咲いた綺麗な花を見るととても幸せな気分になる。
「――学園の中央庭園の薔薇園の花を手入れしているのを、よく見ていた」
中央庭園には温室がある。管理しているのは花のお世話が好きな有志の生徒で……私は薔薇のお世話をしている。
「……ご存じだったんですね」
いつの間に見られていたんだろう、と考えながら紅茶を口に含む。
ほのかな花の香りが全身を巡った。
「あなたのことをずっと見ていたから」
リアム様は私の手を握った。いつの間にか口調が親し気になっていることに気づいて、赤面して手を引こうとしたけれど、彼はぎゅっと私の手を握っていた。
「留学に来て……、あなたが昔会った少女だと知ってからずっと見ていた」
真剣な瞳だった。
「あなたとの婚約を破棄するなど、ネイサン王子は馬鹿だと思う。ただ、俺は彼に感謝したい。あなたと王子が婚約されていると知って――とてもショックだったから」
私の手を握る力を強め、リアム様は言った。
「いきなりこんなことを言うと驚かれるかもしれないが……、俺との婚約を考えてもらえないだろうか」
そうだ、彼は私の事を『意中の相手』と言っていたんだわ……。
そのことを思い出して、私は赤面してハンカチで顔を覆った。
「可愛い顔を隠さないでください」
リアム様はそう言ってハンカチを下げた。布の隙間から微笑む黒い瞳が見える。
「――あまり、お話したこともないのに……どうして私なんかを……」
「ルイーズ様、いえ、ルイーズとお呼びしても?」
頷くとリアム様は言葉を続けた。
「俺とあなたはずいぶん前に会っているんだ」
「……?」
首を傾げると、リアム様は残念そうに笑った。
「やはり覚えていないか……、10年ほど前のことなので仕方ありませんが……、あなたはお父上と一緒に俺の国、ネピアに来た」
私のお父様は国の通商を管理する仕事をしている。そのため、周辺国を訪ねることがよくあり、旅行がてら家族を連れて行くことも多かった。
「その時……、ネピアの城下町で異国の楽器を弾く子どもに会わなかった?」
私は記憶を辿った。
確かに……城下町で旅芸人の子どもみたいな格好の……楽器を持った男の子に会った記憶がある……。
「それが、俺だったんだ」
あの男の子がリアム様?
記憶の中の少年と目の前のリアム様が一致せず、何度も瞬きをしている間に馬車が停まった。
「着きましたよ」
リアム様はそう言って扉を開けると、私の手をとった。
***
私は離宮の庭園に案内された。
「……綺麗……」
庭には、色々な種類の薔薇の花が咲き誇っていた。
「気分転換になるかな。今、お茶を用意しますね」
私を花園が良く見えるベンチに腰掛けさせると、そう言ってリアム様は自分で屋敷の中へ消えて行き、戻って来たと思ったらお茶のセットが載ったワゴンを押して出てきた。
「お待た……」
言いかけて、庭園の段差に引っかかってがくっとよろめいたリアム様は息を整えてから何事もなかったような顔で、「お待たせしました」と笑った。
「……ご自分でやるんですね……」
つられて笑い返すと、リアム様は安心したように笑った。
「ルイーズ、あなたは笑顔が何より可愛い」
……今のはわざとだったのかしら。そんなことを考えつつ、赤面した頬を押さえると、リアム様は紅茶をカップに注いでくれた。甘い花の香りが匂い立つ。――それは薔薇の香りのする紅茶だった。
「良い香り……」
思わずコップを持ち上げて鼻に近づけた。
「あなたは薔薇の香りが好きだと思って」
「……よくご存じですね。そうなんです」
私は薔薇を育てることが好きだ。花全般のお世話が好きだけど、特に薔薇は綺麗な花を咲かせるのに手がかかる。手がかかる分、自分の手で咲いた綺麗な花を見るととても幸せな気分になる。
「――学園の中央庭園の薔薇園の花を手入れしているのを、よく見ていた」
中央庭園には温室がある。管理しているのは花のお世話が好きな有志の生徒で……私は薔薇のお世話をしている。
「……ご存じだったんですね」
いつの間に見られていたんだろう、と考えながら紅茶を口に含む。
ほのかな花の香りが全身を巡った。
「あなたのことをずっと見ていたから」
リアム様は私の手を握った。いつの間にか口調が親し気になっていることに気づいて、赤面して手を引こうとしたけれど、彼はぎゅっと私の手を握っていた。
「留学に来て……、あなたが昔会った少女だと知ってからずっと見ていた」
真剣な瞳だった。
「あなたとの婚約を破棄するなど、ネイサン王子は馬鹿だと思う。ただ、俺は彼に感謝したい。あなたと王子が婚約されていると知って――とてもショックだったから」
私の手を握る力を強め、リアム様は言った。
「いきなりこんなことを言うと驚かれるかもしれないが……、俺との婚約を考えてもらえないだろうか」
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