【完結】婚約破棄をめぐる思惑~魅了の指輪を使われて婚約破棄されました~

蜜柑

文字の大きさ
上 下
2 / 34

2.

しおりを挟む
「リ……リアム王子……」

 私は振り返って、声の主にびっくりして彼の名前を呟いた。
 少し癖のある黒髪に、深い黒の瞳、彫りが深い目鼻立ちでどこか異国の雰囲気がある彼は、隣国ネピアの王子で、学園に短期の留学で訪れていたリアム様だった。

「ルイーズ様、大丈夫ですか?」

 リアム様は口をぽかんと開けている私の頬に手を置くと、そう言って微笑んだ。

「え……ええ、大丈夫です。ありがとうございます……」

「リアム王子……我々の話に立ち入ってくるとはどういう了見だ。貴方には何の関係もないことだろう」

 ネイサン様が少し焦ったような口調でそうまくし立てた。
 私も思わず頷いてしまう。
 助けてくれたのはとても有難いけれど……、どうしてリアム様は話に割り込んできたのだろう。

 リアム様と私は同い年――同学年にはなるけれど、短期の留学に来ている彼と授業で一緒になることはない。歓迎パーティーなどで挨拶をしたことくらいはあるけれど……、隣国の王子様という地位で、人目を引く容姿のリアム様の周りはご令嬢たちで囲まれていて、一言二言言葉を交わしただけだ。

 あまりに接点のない相手の突然の登場に頭がついていかない。

「目の前で女性が怪我をしそうになっていれば助けるのは当然でしょう――しかも、意中の女性であれば」

 リアム様は肩をすくめる。
 ああ……怪我をしそうだったから…意中の女性で……、って、え?

「い、意中?」

 声が裏返ってしまった。

 意中。
 心の中で思っていること、心の中。
 意中の人。
 心の中でひそかに思いさだめている人。特に、結婚相手として恋しく思っている異性。

 思わず言葉の意味を頭の中に並べてしまう。

「そうです。俺はずっとあなたを慕っていました。ルイーズ様」

 私にそう言って微笑んで、周囲に騒めきが広がる中、リアム様はネイサン様とモニカを見据えた。

「モニカ嬢の言っていることですが、ルイーズ様は『やっていない』と言っていますが、本当に彼女がやったのですか?」

 この言葉にモニカが泣きだした。

「ほ、本当に決まってるじゃないですか……、目撃者もいるんですよ……っ」

「見ました」「ルイーズでした」

 目撃者の生徒たちがモニカを応援するように口々に言う。
 リアム様は彼らを見据えて、低い声で聞き返した。

「本当に?」

 ……?

 一瞬の静寂がその場に訪れた。

 リアム様はもう一度はっきりとした低い口調で重ねて彼らに問いかける。

「本当に?」

 目撃者たちがはっとしたようにお互い顔を見合わせ、首を傾げた。

「……確かに、栗色の長い髪の……、赤いリボンの制服の……」
「ルイーズ様だと……」

 ちょっと、さっきまでの『確かに私だ』って言い切りっぷりはどうしたの?
 ざわざわとホール一帯が混乱した空気に包まれた。
  
「ちょ、ちょっと、どうしたの……っ? あなたたちが見たのはこの女でしょっ……?」

 モニカがあたふたしながら、潤ませた目頭を指で拭う。
 
「……『この女』ですか……、ルイーズ様にあんまりな言い方ではないですか?」

 リアム様がため息交じりに呟いて、ネイサン様を指差した。

「栗色の長い髪の赤いリボンの制服の女性となど、ルイーズ様の他にいくらでもいるではありませんか。ネイサン王子、貴方も王子なのですから、人の言葉を鵜呑みにせずに、きちんと客観的な事実を確認するべきです。片方がやったと言い、片方はやっていないと言っている。その口の上手い商人の娘が嘘を言っている可能性は?」

 「……嘘?」「嘘をついているのはモニカ?」
 
 野次馬の生徒たちは口々にそう呟き出した。

「……っ、確かに、皆ルイーズだったと証言して……」

 苦し気な顔のネイサン様はちっと舌打ちをすると、私を睨んだ。

「僕は、モニカが嘘を言っているとは思えない……。この件については、追って確認して、お前に責任をとってもらうからな」

 そう言ってネイサン様は半泣きのモニカの肩を抱いて、階段を昇って行ってしまった。

「……ネイサン、様……」

 婚約者……いいえ、破棄されてしまったから、元婚約者かしら……のあまりの態度に私は呆然と手を伸ばした。……ネイサン様の背中は私の手からどんどんと遠くなって行く。

「ルイーズ様」

 私の伸ばした手をリアム様の手が下げさせる。
 彼は私を自分の方へ向かせて、言った。

「ちょっと落ち着きましょう。俺と一緒にお茶でもいかがですか」

しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

【完結】裏切っておいて今になって謝罪ですか? もう手遅れですよ?

かとるり
恋愛
婚約者であるハワード王子が他の女性と抱き合っている現場を目撃してしまった公爵令嬢アレクシア。 まるで悪いことをしたとは思わないハワード王子に対し、もう信じることは絶対にないと思うアレクシアだった。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

処理中です...