上 下
64 / 64
【6】そのあと

63. (本当に戻ってこれて良かった)

しおりを挟む
 その後、結局日付が変わるまで飲み会は続いた。

「そろそろお開きですかね。後片付けは我々が手伝うので、隊長はお帰りください。鈴原、しっかり家まで送れよー」

 幸と佳世を藤宮家まで送って戻ってきた波左間はざまは、そう言って彰吾の肩を叩いた。

「皆さん、今日は本当にありがとうございました」

 綾子はふかぶかと頭を下げた。

「もぉ、主役が頭なんか下げないで! あなたの好きなお饅頭たくさんお土産に作ったから持って帰ってね」

 桜が大きな風呂敷を綾子に押し付ける。

「わぁ。ありがとう」

「綾子さんお饅頭大好きですもんね! 良かったですね! 俺も作り方、教えてもらおうかなあ」

 彰吾が手をたたいた。

「――ちょっと――彰吾くん」

 赤面する綾子を見て、桜はくすりと笑って囁いた。

「佳世ちゃんのぶん残しておいてあげてね」
 
「ちょっと、私そんなに食べないわよ」

 言い返した綾子の様子に、彰吾は「あ」という顔をして、言葉を足した。

「みんなで食べると、美味しいですよね! お饅頭……」

「休み明けまで残ってたら詰め所に持ってきてくださいね」

 波左間が間を補うように言うと、桜が腕を組んで言った。

「私が宅配で持って行ってあげるわよ」

「え! 本当ですか! 無料?」

「経費でツケにしてもらうわよ」

 桜と波左間がわいわいと話す。その様子を見ながら綾子は胸に手を置いて思った。

(本当に戻ってこれて良かったわ……)

 自分を受け入れてくれる人がこんなにいる。そう実感し、綾子は胸に手を置いた。

(私はもう鬼になることは、ない)

 今日の光景を心に描けば、戻れる。
 そんな自信を感じることができた。

***

「気持ち良い……ですねえ」

 外に出ると、夜風が酒を飲んで火照った顔に気持ちよくそよいでいた。

「綾子さんかなり飲んでましたね」

「彰吾くんもでしょう~」

 思わず足取りが軽くなった。伸びてきた彰吾の手が綾子の手のひらを握った。
 空気の冷たさの中、つないだ彰吾の手の温かさが心地よい。

 修介に婚約破棄をされた後、「さくら」で彰吾に声をかけられたあの日の帰り道を思い出す。

(あの時は、いきなり『婚約しませんか』なんて言われて――驚いてしまったけれど)

 あの日の帰り道では、彰吾の存在が自分の中でこんなにも大きくなるとは思っていなかったと綾子は思う。

 ぎゅっと握る手に力をこめると、立ち止まって彰吾を見た。

「――彰吾くん、ありがとうね」

「え――――」

 彰吾はぽかんとした顔をすると、両手をぱっと離して両方の頬を押さえた。
 顔が赤くなっている。

「こちらこそ! ありがとうございます!」

「可愛いですね、それ」

 綾子は頬を手で押さえる真似をした。
「――綾子さんがいつもやるから――うつっちゃいましたかね」

 彰吾ははっとしたように手を頬から離すとじっと見つめた。

「私、そんなことしてるかしら?」

「……はい。今も」

 彰吾はじっと綾子を見つめる。
 綾子は自分の手が先ほどの彰吾と同じように頬にあることに気付いて、余計に赤面した。

「――とても、可愛いです」

「彰吾くんは、すぐそういう――」

 綾子は顔全体を手の平で隠した。
 彰吾はそれをどけると、顔を近づけて唇を重ねた。

「あの、もう少し、ゆっくり帰りませんか?」

 彰吾は綾子の頭に頬を置くとそう言った。

「そうですね。――ちょっと、酔ってますし」

 綾子も頷くと、周囲を見回した。
 ちょうど、ベンチが目に入るったので、二人でそこに腰掛けた。
 手を重ねて、しばらく無言で冷たい夜の空気を感じていた。

「――彰吾くん、先日、総代室に呼ばれてましたよね?」

 綾子は気になっていたことを聞いた。
 数日前、彰吾は『総代室』――中央詰め所ではなく、和国帝が住む帝居にある管轄部署へ来るように指令があったのだ。
 なぜ呼ばれたかは、彰吾の所属する部隊の綾子にも知らされなかった。

「……はい」

 彰吾は頷いた。

「――【超越家紋】のことですよね」

 彰吾が【超越家紋】に目覚めたことは、九十九の事後報告の際防衛隊本部へ報告された。
 事実は第参部隊の隊員及び本部幹部だけの間に留められていたが。

 【超越家紋】を発現する彰吾の父親「菊門家」の家紋使いは、防衛隊ではなく帝居直轄の部隊に配属されている。彼らは帝居を妖から護衛する特殊な任務をこなしていると聞くが、詳しい仕事内容は綾子も知らない。

「もしかしたら、転属になるかもしれないですよね」

 綾子は彰吾を見上げた。
 ――実は彰吾が帝居に呼び出されている間、綾子には人事部から第参部隊に必要な【家紋】使いの属性があれば教えてくれという連絡があった。

(彰吾くんの代わりに、誰か新しい人を入れるということ……?)

 綾子はそんなことを想った。

(――仕方はないけれど、寂しいわね)

 綾子は少し目を伏せた。

「断りますよ。俺が防衛隊に入った一番の理由は、綾子さんの傍にいたかったからですし」

「もちろん」と付け加える。

「妖から人を守りたい気持ちはありますよ! でもそれは綾子さんと一緒にやりたいし、帝居を守るのではなく、普通の人たちを守りたいんです」

「でも――異動命令が出たらどうするの?」

「辞めて、自主的に綾子さんと一緒に妖退治をしますね」

「――」

 綾子はぽかんと口を開けて彰吾を見つめた。

(彰吾くんは、本当にやりかねないかも)

「仕事じゃなくて、奉仕活動としてということ? ――お給料、出ないでしょう」

「構いませんよ。別に稼ぐ手段はいくらでも持ってますし」

 彰吾は両手を握ると「うん!」と強く頷いた。
 綾子は「ふっ」と噴出した。

「彰吾くんってば……」

「なんですか?」

「……可愛いわ」

「綾子さんには、格好良いって言われたいんですけどね……」

 綾子は彰吾を見つめて微笑んだ。

「格好良いし、可愛いわ」

「綾子さんも格好良くて、綺麗で、かわいいです」

 彰吾は綾子をぎゅっと抱き寄せた。
 夜風の冷たさが、彰吾から伝わる温もりを際立たせた。
 綾子は心地よさを感じて瞳を閉じると、胸元に頬を寄せた。

(終わり)
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

宮廷画家令嬢は契約結婚より肖像画にご執心です!~次期伯爵公の溺愛戦略~

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
ファンタジー
男爵令嬢、アマリア・エヴァーレは絵を描くのが趣味の16歳。 あるとき次期伯爵公、フレイディ・レノスブルの飼い犬、レオンに大事なアトリエを荒らされてしまった。 平謝りしたフレイディにより、お詫びにレノスブル家に招かれたアマリアはそこで、フレイディが肖像画を求めていると知る。 フレイディはアマリアに肖像画を描いてくれないかと打診してきて、アマリアはそれを請けることに。 だが絵を描く利便性から、肖像画のために契約結婚をしようとフレイディが提案してきて……。 ●アマリア・エヴァーレ 男爵令嬢、16歳 絵画が趣味の、少々ドライな性格 ●フレイディ・レノスブル 次期伯爵公、25歳 穏やかで丁寧な性格……だが、時々大胆な思考を垣間見せることがある 年頃なのに、なぜか浮いた噂もないようで……? ●レオン フレイディの飼い犬 白い毛並みの大型犬 ***** ファンタジー小説大賞にエントリー中です 完結しました!

元構造解析研究者の異世界冒険譚

犬社護
ファンタジー
主人公は持水薫、女30歳、独身。趣味はあらゆる物質の立体構造を調べ眺めること、構造解析研究者であったが、地震で後輩を庇い命を落とす。魂となった彼女は女神と出会い、話をした結果、後輩を助けたこともあってスキル2つを持ってすぐに転生することになった。転生先は、地球からはるか遠く離れた惑星ガーランド、エルディア王国のある貴族の娘であった。前世の記憶を持ったまま、持水薫改めシャーロット・エルバランは誕生した。転生の際に選んだスキルは『構造解析』と『構造編集』。2つのスキルと持ち前の知能の高さを生かし、順調な異世界生活を送っていたが、とある女の子と出会った事で、人生が激変することになる。 果たして、シャーロットは新たな人生を生き抜くことが出来るのだろうか? ………………… 7歳序盤まではほのぼのとした話が続きますが、7歳中盤から未開の地へ転移されます。転移以降、物語はスローペースで進んでいきます。読者によっては、早くこの先を知りたいのに、話が進まないよと思う方もおられるかもしれません。のんびりした気持ちで読んで頂けると嬉しいです。 ………………… 主人公シャーロットは、チートスキルを持っていますが、最弱スタートです。

スラムに堕ちた追放聖女は、無自覚に異世界無双する~もふもふもイケメンも丸っとまとめて面倒みます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
どうやら異世界転移したらしいJK田崎 唯は、気がついたら異世界のスラムにどこかから堕ちていた。そこにいたる記憶が喪失している唯を助けてくれたのは、無能だからと王都を追放された元王太子。今は、治癒師としてスラムで人々のために働く彼の助手となった唯は、その規格外の能力で活躍する。 エブリスタにも掲載しています。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...