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【6】そのあと

61. そのあと(1)

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 九十九との戦いからしばらく。防衛隊の詰め所内にある医療施設で、綾子は庭が見える縁側に腰掛けていた。横には彰吾が座っている。

 九十九との戦いの後、負傷した二人は詰め所に運び込まれ、治療を受けた。
 治療自体は終わり、彰吾は翌日には退院したが、綾子は妖に憑かれた影響の経過観察のため、数月は施設に入院することになっていた。

「綾子さん、ご体調いかがですか。差し入れ持ってきました」

 彰吾が差し出した焼き菓子を受け取ると、綾子は微笑んだ。

「ありがとう。――でも、毎日来てくれなくても、大丈夫ですよ」

 医療施設も詰め所内にあるのもあってか、彰吾は日に三度は綾子のところに来ていた。
 
「いえいえ、同じ敷地内ですし! それに佳世ちゃんと幸さんにも報告しないといけないので」

 彰吾はぶんぶんと首を振った。
 詰め所内は隊員以外は立ち入り禁止のため、家族であっても面会はできない。

「――そう」

「すいません、綾子さんがお困りなら、控えます」

 しゅんとした彰吾を見て、今度は綾子が激しく首を振った。

「いえいえ、ここにいるとできることも限られていて、手持ち無沙汰になってしまうし、彰吾くんが来てくれて嬉しいですよ!」

「本当ですか! 良かったです!」

 打って変わって顔を輝かせた彰吾を見て綾子は噴出した。
 それから先ほど受け取った焼き菓子の袋を開けた。

「一緒に食べましょう。動いていないからお腹が減らなくて、ひとりだと多いわ」

 さくさくと菓子をつまみながら、彰吾は綾子に聞いた。

「今度の表彰式は出席されるんですよね? 敷地内だし」

 九十九討伐の成果について、隊から表彰状を渡したいという話が綾子に来ていた。

「――表彰というのも、変な感じね。私は表彰されることなんて――」
 
 綾子は視線を落とした。
 両親の仇だった因縁の妖を討伐できた。
 その事実だけを静かに胸に受け止めたい心境だった。

(危うかったもの)
 
 綾子は胸に手を置いて、目を閉じた。

(私は、また鬼になりかけて、危うく人を殺してしまうところだった。彰吾くんたちが来てくれなかったらどうなっていたことか――それに)

 最後に九十九に完全に身体を乗っ取られそうになった時に見た記憶。

(私は――)

「綾子さん!」

 はっと顔を上げると、彰吾が綾子の頬を手で包んだ。

「綾子さんが駆け付けたおかげで、詰め所内の死者なし! 今まで何人も人を死なせた強力な妖を討伐! 綾子さんはすごいんです!」

「で」

 「でもそれは彰吾くんたちが来てくれたから」と続けようとした綾子の口に彰吾が焼き菓子を添えた。

「もっと食べてください」

「――はい」

「綾子さんは、すごいんです」

「――ありがとう、彰吾くん」

 彰吾は綾子を神妙な顔で見つめると、言った。

「そういえば――神宮寺さん、身体動かせるようになったそうですよ」

 綾子はしばらく黙った。
 重体を負った修介は意識が戻らない状況が続いていた。
 療養中の綾子に悪い影響がでないようにとの配慮からか、治療担当者に聞いても詳しい容体は教えてもらえなかったので、彰吾には会話ができる状態になったら教えて欲しいと綾子から伝えていたのだ。

「そうなのね」

 綾子は頷くと、しばらく考え込んだ。

「修介さんに――話をしに行こうと、思ってるの」

 状況として仕方がなかったとはいえ、瀕死の重傷を負わせてしまったことに対する気負いはある。――それから修介のことだから、また自分に対して何か勝手な解釈をして絡んでくることがあるような気がした。

 彰吾は心配そうに眉根を寄せた。

「行く必要あります? 綾子さんが嫌な思いをするだけじゃないでしょうか」

「いえ、今度は、一度私からはっきり話をした方が良いと思っているんです。――彰吾くん、ついてきてくれますか?」

 彰吾は「綾子さんがそう言うなら」と頷いた。

「もちろんです」

***

 綾子は深呼吸すると、修介の病室の戸を叩いた。
 扉を開けると、全身包帯巻きになり横たわる修介がいた。

「修介さん、ご体調は、いかがですか?」

 視線を上げて綾子の顔を認識した瞬間、修介は飛び上がるように起き上がった。

「お前っ、俺の身体!!! こんなにしやがって!」

 ベッドから飛びかかりそうな勢いの修介を、横の治療部隊員より早く彰吾が押さえつけた。

「神宮司さん、場所と立場をわきまえてください」

「――んだよ! 触るな!」

 ばたばたと手足を動かす修介に対して、綾子は頭を下げる。

「――仕方なかったとはいえ、傷つけてしまったことはすいませんでした」

 それから顔を上げると、修介を見つめた。

「でも、修介さんが生きていてくれて良かったです」

 修介は顔を逸らすと、一瞬の沈黙の後吐き捨てた。

「――自分の責任が軽くなるからだろ?」

「……そうかもしれないですね」

 頷く綾子に向かって修介は怒鳴った。

「お前は、いつもそうやって澄まして、むかつくんだよ!」

「どの口が」と修介の口を押さえようとした彰吾を綾子は制止する。

「――私は、澄ましているわけではありません。私にも感情はありますし、修介さんの言葉にも傷ついていたんですよ」

 綾子の言葉に修介は息を呑んで黙り込んだ。

「でも、あなたを死なせずに済んだのは嬉しいです」

「……」

 修介は黙り込んだ。

「それでは、お大事にしてください」

 綾子と彰吾は病室を出た。

「大丈夫ですか? 嫌な気持ちになっていませんか?」

「ええ、大丈夫です。――伝えたいことは言えたので」

 綾子は頷くと、彰吾の手を握った。

「ついてきてくれて、ありがとうございます」

 彰吾は顔を輝かせた。

「どこにでも行きますよ!」

***

 綾子が去った病室で、修介は包帯が巻かれた自分の右半身を見つめて叫んだ。

「俺の右腕――っ」

 意識が戻った時には、そこにあるはずの右腕はなかった。九十九がもいで食べてしまったからだ。
 【雷霆】の家紋が宿っていた腕。そこがなくなった今、家紋の力を発現しようとしても、チリチリと微弱な反応を感じるだけで、今までのように力を出すことができなくなっていた。

「修介、容体はどうだ」

 父親が部屋に入ってくる。

「親父ぃ」と修介は涙声で叫んだ。

「綾子が、あいつがやったんだ! 人に向かって家紋の力を使った!」

「お前は妖に憑かれていたんだ。藤宮さんがお前に家紋の力を使ったのは正当な業務行為だよ」

 父親は頭を抱えて呟いた。

「使用人が、お前が長らく家紋の力で、虐待をしていたと隊に告発した」

 自宅謹慎を言い渡されていた修介が何故外に出て事件に巻き込まれたのか。
 問いただされた使用人は『坊ちゃんに見逃さなければいつものようにしてやる、と脅されて』と告白し、事実は家族に知られることとなった。
 父親はその使用人に『隊からの聴取の際は、『脅された』件は言わないように』と口止めしたが、日ごろから修介の応対を耐え続けていた使用人は『もみ消される』と思い、隊に修介が昔から家紋の力で自分を痛めつけていたと報告したのだった。

「――事実か?」

 口をぱくぱくさせる修介を見つめて、父親は嘆息した。
 使用人に対して威張り散らすところはあると思っていたが、家紋の力を使っていたことまでは気づかなかった。

「事実なんだな」

 深いため息。

「今回ばかりはかばいきれない。治療が終わり次第、お前は除隊し、警察のお世話になることになる」

 家紋の力を一般人に向かって不用意に使用し傷つけることは、刑罰の対象となる。

「柔らかい布団で眠れるのももうしばらくの間だけだ。ゆっくり休め」

 がちゃん、と扉を閉めて父親は出て行った。
 修介は頭を抱えて、うずくまった。
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