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【4】動き
48. 「――素晴らしい――美しい――」
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華の顔は青黒い血管が浮かび上がり、可愛らしい人形のような顔は般若のように変形していた。
「ふじのみやああああやこおおおお」
「っ」
奇声を上げながら綾子に向かってくる華の拳を避けながら、綾子は考えをめぐらせた。
(私の名前を叫んでいる、ということは。私を認識している)
――華の意識が多少なりとも残っている。
(まだ、人に戻せるかもしれないわ)
視線を泳がせると、九十九は腕を組んで二人の様子を見物していた。
綾子は怒りで唇を噛んだ。
この妖は人の生死をまるで芝居でも見ているかのように楽しんでいる。
(――でも、助かるわ)
九十九と二人がかりでかかってこられたら、華を人に戻している余裕はない。
綾子は飛びかかってくる華を横に飛んで交わした。
華の両腕両足には絡んだ蔦のような【若草】の家紋が浮き上がっている。
(――早矢さんのことを思い出すわね)
早矢も華と同じ【若草】の家紋を持っていた。
華はその力を傷を癒すことに使うが、早矢は自分の身体を強化して妖と戦っていた。
今の花は早矢と同じように力を使っているようだ。
綾子の訓練に付き合ってくれた時の、早矢の俊敏な動きを思い出す。
「早矢さんの方が速かったわ!」
綾子は華の目前に炎の爆発を起こした。怯んだ隙に身をかがめ、彼女の後ろに回ると、背中から体を羽交い絞めにし、抵抗の隙を与えず瞬時に家紋の力を発動した。
青い炎が華の身体を縛り付けるように包み込む。
相手を戒める炎の鎖【炎鎖】だ。
火力は、身体を傷つけず、妖気だけを焼き切る程度に調整していた。
最大火力を出せば、華の身体ごと焼き切ることはできるだろうが、それは憚られた。
炎に包まれながらも、華は力を込めて抵抗してくる。
「――っ!」
(すごい力!)
綾子は【炎鎖】の力を強めた。華の身体が焦げ、金切声のような叫び声が響く。
そんな光景を九十九は鷹揚に眺めている。
「彼女を救おうとしているのだね、綾子、君は。美しい光景だ。『愛』を感じる――」
感動しているようにさえ聞こえるその声に、綾子は頭が沸騰しそうなほどの怒りに襲われた。
(何が、何が、『愛を感じる』……ですって!? 人間を馬鹿にするにも、程があるわ)
早矢は炎に焼かれて身をよじる華を見つめた。火力を弱めればこちらに襲い掛かってくるだろう――しかし、このまま焼き続ければ華が死んでしまう。
(早矢さん……)
綾子は恩人の姿を想った。
早矢と一緒に華の髪飾りを選びに行ったことを。
その時の彼女の妹を想った微笑みを。
思い出す。
早矢が、綾子が佳世を大事に想うように、想っていた華を死なせるわけにはいかない。
綾子は叫んだ。
「華さん! 妖に飲まれないで!」
黒く焦げた華の身体を抱きしめる。
(これ以上燃やすと、命まで奪うことになってしまう)
彼女の命を奪わずに、鬼化を止めるには。
(意識を引き戻さないと)
人が鬼になる時、妖に意識を乗っ取られてしまうと、全身に妖気がまわり完全な鬼になってしまう。人間としての意識が戻れば、身体に廻った妖気の進行を押しとどめることができるはずだ。――それを【焔】の火炎で焼き切れば、鬼化を止められるはず。
(華さんを戻せる言葉は?)
綾子は必死に考えた。
彼女は何にとらわれている?
自分や彰吾がそうだったように、鬼化する人間は何か心に綻びを抱えているはず。
それはなに?
(華さんはどうして私にそんなに敵対心を持っているの?)
直接関わったこともないのに。
(――早矢さん?)
華と自分に共通する何かといったら、早矢の存在だけだ。
「“華ちゃん”!」
早矢が華のことを呼んでいた呼び方で、名前を呼んだ。
一瞬、華の動きが止まった。こちらを見つめて、呟く声が微かに聞こえた。
「――おねえ、さま?」
(――行けるわ)
効果を感じるとともに、自分を見つめる華の瞳と、妹の佳代の瞳が重なって見えた。
何か言葉続けて、華の意識を引き戻さねば。
早矢だったら、どんな言葉をかけるだろうか。
「――あの、髪飾りをつけてくれていて、嬉しかったわ。あなたが喜んでくれると思って、選んだんだもの」
髪飾りを選びに行ったあの日、早矢が華について語っていた言葉を思いだす。
大事そうに髪飾りを包んだ袋を抱えた早矢に、綾子は尋ねた。
『妹さんとは、あまり仲が良くないんですか?』
早矢は困ったように笑った。
『今はね。あの子はあたしに色々思うところがあるみたいなんだ。まぁ難しい年ごろだし。反抗期っていうのかな』
綾子は首を傾げた。
品行方正。防衛隊員として活躍する頼れる先輩隊員の早矢が姉だったとして、誇ることはあれど、反発するような要素はあるだろうか。
「でもね」と瞳を伏せた早矢は、大事な人物について語る様な愛情がこもった口調で言った。
『あの子は自由で羨ましい。あたしはあの子にはそのままでいてほしいと思うの』
その時の早矢に自分を重ねて、綾子は語り掛けた。
「華ちゃんはいつも自由で羨ましいと思っていたわ。あたしは、あなたにそのままでいてほしかった」
『あたしは自分の意思を通せなかったから。情けないけれど』
「あたしは自分の意思を通せなかったから――情けないわね」
『あの子にはずっと幸せでいてほしいわ』
「あたしはあなたの幸せを、いつも願ってる」
「――」
華の瞳に一瞬、理性の光が戻った。
(今――!)
綾子は【炎鎖】をほどくと、一気に【焔】の力を爆発させた。
妖気だけを焼き切る炎を最大火力で出力する。
ぼぉっと青い炎の爆発に包まれた華は、金切り声を上げると床をのたうち回った。
「ぎぃぃぃぃあああああああ」
鬼としての華の断末魔の絶叫が響く。
青い炎は華の身体を巡る九十九の妖気を消滅させるまで燃え続ける。
火はだんだんと小さくなり、やがて消えた。
「――――私、」
ぜぇぜぇと息をしながら体を起こした華を綾子はぎゅっと抱きしめた。
「華さん、大丈夫。あなたは、悪くないわ」
「――……」
呆然と華は綾子を見つめ返す。
全身がずきずきと痛かった。
鬼化して変形していた身体は内部がねじれたようにおかしくなっている。
骨が折れているのか、筋肉の筋が切れているのか、足や手に力が入らず、ほとんど動かすことができない。
そして、自分の身体を支える綾子の腕も。
強い力を加えられたように青い痣が広がっていた。
だんだんと記憶を取り戻す。
(これ、私がやった)
綾子の腕をつかんで、もぎとろうとした。
綾子が苦しんでのたうち回る姿を見たかったから。
(違う違う違う、私)
華はぶるぶると身体を震わせた。
(――――――こんな女、お姉さまみたいな、こんな女っ)
「――嫌」
華は顔を涙でぐしゃぐしゃにすると、呻いた。
「死んだら、嫌よぉ」
華の腕に緑色の蔦のような紋章が光り、【若草】の家紋の力が発動する。
その光は、綾子を包んだ。
「華さん……!」
綾子は自分の身体を目を見開いて眺めた。身体の傷が癒えていく。
痛みがすーっと引いていき、完全な状態に回復するのを感じていく。
ぐしゃぐしゃになった表情で家紋の力を使っていた華は、がくっと床に崩れ落ちた。
綾子の身体は治癒したものの、自身の身体は傷を負ったままだ。
「何で私に力を――」
家紋の力を使うのは、体力と精神力を消耗する。
ただでさえぼろぼろの華がこんなに力を使うのは相当しんどいはずだ。
「――知らないわ」
華は綾子から顔を背けると呻いた。
「……ありがとう」
綾子は軽く華の髪を撫でて呟くと、立ち上がって九十九に向かって身構えた。
――九十九は。
「――素晴らしい――美しい――」
感極まった様子で瞳を潤ませながら、二人を見ていた。
「ふじのみやああああやこおおおお」
「っ」
奇声を上げながら綾子に向かってくる華の拳を避けながら、綾子は考えをめぐらせた。
(私の名前を叫んでいる、ということは。私を認識している)
――華の意識が多少なりとも残っている。
(まだ、人に戻せるかもしれないわ)
視線を泳がせると、九十九は腕を組んで二人の様子を見物していた。
綾子は怒りで唇を噛んだ。
この妖は人の生死をまるで芝居でも見ているかのように楽しんでいる。
(――でも、助かるわ)
九十九と二人がかりでかかってこられたら、華を人に戻している余裕はない。
綾子は飛びかかってくる華を横に飛んで交わした。
華の両腕両足には絡んだ蔦のような【若草】の家紋が浮き上がっている。
(――早矢さんのことを思い出すわね)
早矢も華と同じ【若草】の家紋を持っていた。
華はその力を傷を癒すことに使うが、早矢は自分の身体を強化して妖と戦っていた。
今の花は早矢と同じように力を使っているようだ。
綾子の訓練に付き合ってくれた時の、早矢の俊敏な動きを思い出す。
「早矢さんの方が速かったわ!」
綾子は華の目前に炎の爆発を起こした。怯んだ隙に身をかがめ、彼女の後ろに回ると、背中から体を羽交い絞めにし、抵抗の隙を与えず瞬時に家紋の力を発動した。
青い炎が華の身体を縛り付けるように包み込む。
相手を戒める炎の鎖【炎鎖】だ。
火力は、身体を傷つけず、妖気だけを焼き切る程度に調整していた。
最大火力を出せば、華の身体ごと焼き切ることはできるだろうが、それは憚られた。
炎に包まれながらも、華は力を込めて抵抗してくる。
「――っ!」
(すごい力!)
綾子は【炎鎖】の力を強めた。華の身体が焦げ、金切声のような叫び声が響く。
そんな光景を九十九は鷹揚に眺めている。
「彼女を救おうとしているのだね、綾子、君は。美しい光景だ。『愛』を感じる――」
感動しているようにさえ聞こえるその声に、綾子は頭が沸騰しそうなほどの怒りに襲われた。
(何が、何が、『愛を感じる』……ですって!? 人間を馬鹿にするにも、程があるわ)
早矢は炎に焼かれて身をよじる華を見つめた。火力を弱めればこちらに襲い掛かってくるだろう――しかし、このまま焼き続ければ華が死んでしまう。
(早矢さん……)
綾子は恩人の姿を想った。
早矢と一緒に華の髪飾りを選びに行ったことを。
その時の彼女の妹を想った微笑みを。
思い出す。
早矢が、綾子が佳世を大事に想うように、想っていた華を死なせるわけにはいかない。
綾子は叫んだ。
「華さん! 妖に飲まれないで!」
黒く焦げた華の身体を抱きしめる。
(これ以上燃やすと、命まで奪うことになってしまう)
彼女の命を奪わずに、鬼化を止めるには。
(意識を引き戻さないと)
人が鬼になる時、妖に意識を乗っ取られてしまうと、全身に妖気がまわり完全な鬼になってしまう。人間としての意識が戻れば、身体に廻った妖気の進行を押しとどめることができるはずだ。――それを【焔】の火炎で焼き切れば、鬼化を止められるはず。
(華さんを戻せる言葉は?)
綾子は必死に考えた。
彼女は何にとらわれている?
自分や彰吾がそうだったように、鬼化する人間は何か心に綻びを抱えているはず。
それはなに?
(華さんはどうして私にそんなに敵対心を持っているの?)
直接関わったこともないのに。
(――早矢さん?)
華と自分に共通する何かといったら、早矢の存在だけだ。
「“華ちゃん”!」
早矢が華のことを呼んでいた呼び方で、名前を呼んだ。
一瞬、華の動きが止まった。こちらを見つめて、呟く声が微かに聞こえた。
「――おねえ、さま?」
(――行けるわ)
効果を感じるとともに、自分を見つめる華の瞳と、妹の佳代の瞳が重なって見えた。
何か言葉続けて、華の意識を引き戻さねば。
早矢だったら、どんな言葉をかけるだろうか。
「――あの、髪飾りをつけてくれていて、嬉しかったわ。あなたが喜んでくれると思って、選んだんだもの」
髪飾りを選びに行ったあの日、早矢が華について語っていた言葉を思いだす。
大事そうに髪飾りを包んだ袋を抱えた早矢に、綾子は尋ねた。
『妹さんとは、あまり仲が良くないんですか?』
早矢は困ったように笑った。
『今はね。あの子はあたしに色々思うところがあるみたいなんだ。まぁ難しい年ごろだし。反抗期っていうのかな』
綾子は首を傾げた。
品行方正。防衛隊員として活躍する頼れる先輩隊員の早矢が姉だったとして、誇ることはあれど、反発するような要素はあるだろうか。
「でもね」と瞳を伏せた早矢は、大事な人物について語る様な愛情がこもった口調で言った。
『あの子は自由で羨ましい。あたしはあの子にはそのままでいてほしいと思うの』
その時の早矢に自分を重ねて、綾子は語り掛けた。
「華ちゃんはいつも自由で羨ましいと思っていたわ。あたしは、あなたにそのままでいてほしかった」
『あたしは自分の意思を通せなかったから。情けないけれど』
「あたしは自分の意思を通せなかったから――情けないわね」
『あの子にはずっと幸せでいてほしいわ』
「あたしはあなたの幸せを、いつも願ってる」
「――」
華の瞳に一瞬、理性の光が戻った。
(今――!)
綾子は【炎鎖】をほどくと、一気に【焔】の力を爆発させた。
妖気だけを焼き切る炎を最大火力で出力する。
ぼぉっと青い炎の爆発に包まれた華は、金切り声を上げると床をのたうち回った。
「ぎぃぃぃぃあああああああ」
鬼としての華の断末魔の絶叫が響く。
青い炎は華の身体を巡る九十九の妖気を消滅させるまで燃え続ける。
火はだんだんと小さくなり、やがて消えた。
「――――私、」
ぜぇぜぇと息をしながら体を起こした華を綾子はぎゅっと抱きしめた。
「華さん、大丈夫。あなたは、悪くないわ」
「――……」
呆然と華は綾子を見つめ返す。
全身がずきずきと痛かった。
鬼化して変形していた身体は内部がねじれたようにおかしくなっている。
骨が折れているのか、筋肉の筋が切れているのか、足や手に力が入らず、ほとんど動かすことができない。
そして、自分の身体を支える綾子の腕も。
強い力を加えられたように青い痣が広がっていた。
だんだんと記憶を取り戻す。
(これ、私がやった)
綾子の腕をつかんで、もぎとろうとした。
綾子が苦しんでのたうち回る姿を見たかったから。
(違う違う違う、私)
華はぶるぶると身体を震わせた。
(――――――こんな女、お姉さまみたいな、こんな女っ)
「――嫌」
華は顔を涙でぐしゃぐしゃにすると、呻いた。
「死んだら、嫌よぉ」
華の腕に緑色の蔦のような紋章が光り、【若草】の家紋の力が発動する。
その光は、綾子を包んだ。
「華さん……!」
綾子は自分の身体を目を見開いて眺めた。身体の傷が癒えていく。
痛みがすーっと引いていき、完全な状態に回復するのを感じていく。
ぐしゃぐしゃになった表情で家紋の力を使っていた華は、がくっと床に崩れ落ちた。
綾子の身体は治癒したものの、自身の身体は傷を負ったままだ。
「何で私に力を――」
家紋の力を使うのは、体力と精神力を消耗する。
ただでさえぼろぼろの華がこんなに力を使うのは相当しんどいはずだ。
「――知らないわ」
華は綾子から顔を背けると呻いた。
「……ありがとう」
綾子は軽く華の髪を撫でて呟くと、立ち上がって九十九に向かって身構えた。
――九十九は。
「――素晴らしい――美しい――」
感極まった様子で瞳を潤ませながら、二人を見ていた。
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