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【2】婚約披露宴と余波

38. 「君は、とても美しいのに、かわいそうに」

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 華は綾子が非番で、彰吾が出勤している日を確認して、中央の詰め所に顔を出した。
 参番隊の待機室を覗くと、ちょうど彰吾が机に向かって何か書き物をしているところだった。

「何か御用ですか」

 入口に顔を見せた華に気がついた彰吾は、一瞬驚いたような顔をしてから、笑顔を作り直し近づいてきた。

「こんにちは、鈴原さん」

 華はしなを作ると、彰吾を見上げた。

「伯父から、鈴原さんが私がどうしているか気にされているという話を聞いたので、直接お会いしに来ました」

 彰吾は「はぁ」と呟くと、笑顔で頷いた。

「そうですか。――神宮寺さんとの一件は、残念でしたね。体調を悪くされたと聞いていましたが、職場に復帰されたようで良かったです。わざわざどうも」

(――何、この貼り付けたような笑顔)

 内心で舌打ちをする。
 「この男は自分に関心がない」ということは経験として感じ取ったが、

(諦めないんだから!)

 2歩彰吾に近づくと、会心の表情を決めて、見上げた。
 瞳を潤ませ、頬を紅潮させ、首を少し傾けて、唇は少しすぼめて。
 この表情かおで見つめて、顔を赤らめなかった男性は今までいなかったという自負がある。

「――何か?」

 彰吾は困惑したように眉間に皺を寄せた。

(ちょっと、何よ、その反応) 

 華は内心舌打ちすると、彰吾の手に自分の手を重ねた。

「――私のことを、気にかけてくださっていたんですよね。嬉しかったです」

 もう一度、先ほどと同じ表情。
 今度は彰吾は完全に笑顔を消して、顔をしかめた。

「えっと、ですね。養母を通してあなたのことをあなたの伯父様に聞いたのは、綾子さんがあなたのことを気にかけていたからです」

 彰吾は華の手を面倒くさそうに振り払うと、ため息交じりに言った。

「――お元気そうで良かったです。綾子さんも安心されると思います」

 華は彰吾の言葉に身体をこわばらせた。

「藤宮 綾子が、私のことを――気に掛けていた?」

「はい」と彰吾は頷いた。

「あなたのお姉さんの早矢さんは綾子さんの恩人だったと聞いています。だから……」

「だから、私のことを心配してるっていうの?」

 華はわなわなと体を震わせて、大きな声を上げる。

「余計なお世話よ!!!!」

 きっと彰吾を睨みつけると、きびすを返した。

「――何だったんだ」

 彰吾はその小柄な背中を見送りながら、首を大きく傾げた。

 ***

 華は拳を握りしめて、身体を震わせてずんずんと道を突き進む。人のいないところへ行きたかった。

(婚約者を奪ってやったのに、私のことを気にかけてるですって……!)

 詰め所の外れの人気のないところで立ち止まって大きく息を吐くと、その場に座り込んだ。

(何、何なのよ、その余裕!)

『華はそのままでいいんだよ。好きなことを好きにやればいい』

 困ったような顔で笑う姉の姿と綾子が重なる。

(自分は私より優れてるっていう余裕……!?)

「苛々する……苛々するわ……」

 地面を見つめながら、何度も何度も呟いていると、

「君……どうしたの? 大丈夫かい?」

 膝を抱える華の背後に、人影が立った。
 驚いて振り返る。周囲に人のいる気配など、少しもなかったのに。

 ――長い白髪を背中で一括りに縛り、着物を着流した長身の男が心配そうな顔で覗き込んでいた。

(隊員――じゃない? こんな人、どうしてここに――)

 しかし、

(――綺麗な人――)

 男は浄瑠璃の人形のように美しい顔立ちをしていた。
 思わず見惚れた華の頭からは、最初に感じた違和感が飛んでしまった。

「――大丈夫です。……ありがとうございます」

「それなら、良かった。座りなよ。話を聞くことくらいはできるよ」

 男は近くの平垣に腰掛けると、そこに座れというように、トントンと自分の隣を叩いた。 
 男と目と目が合った。全てを見透かされるような、灰色の瞳だった。
 頭がぼんやりとして、思考力が奪われる。
 
「――ありがとうございます」
 
 華はふらふらと立ち上がると男の隣に腰掛けた。

「辛いことがあったのかい?」

「……はい」

「――君を苦しめるものが何なのか、私に教えてくれ」

 男はそう囁くように言うと華の頭に手を置いた。
 華はびくっと体を震わせた。瞳がぐるんっと上を向く。
 頭の中に、自分以外の何か別の存在が入り込んでくる感覚がした。

 お姉さま、真面目に頑張ったって死んだら意味ないじゃない、何でみんな、よくやっただなんて、私の方が正しい、お母さまなんか私たちのこと、藤宮綾子お姉さまみたいで嫌い、修介さん、自分のことばっかり、お姉さま――

 脳内をぐちゃぐちゃにするように、何かが思考の中を駆け巡る。
 体を別の物に侵される感覚。

「――そうか、誰も君のことをわかってくれないのだね。……それは辛かっただろうね」

 その声は直接頭の中に響いた。

「君は、とても美しいのに、かわいそうに」

 男は華の頭から手を離すと、その身体を抱きしめた。

「君を苦しめるような奴らは、喰らってしまえばいい――その力をあげるから」

 身体が熱くなる。細胞一つ一つが沸騰するような、異様な感覚。
 華の口から「あ、あ、あ」と呻き声が漏れた。
 それと同時に、身体はぶるぶると小刻みに震え、ぐにぐにと皮膚が波打った。
 華は意識を失い、崩れ落ちる。

 ――男はそんな華の身体を解放すると、地面に優しい手つきで横たえ、見つめた。

「――君は、私の妻に相応しい妖になってくれるだろうか」

 そして、空中に溶け込むように姿を消した。
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