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【2】婚約披露宴と余波

35. 「綾子、久しぶり」

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 桜はぽかんと口を開けると、しばらくの沈黙の後「きゃー」と声を上げた。

「何々、照れるじゃない! 私もあなたのこと大好きよ!!! 飲みなさい! お酒出しちゃうから!」

 そう言っておちょこを出すとお酒を注いだ。綾子は困って笑う。

「――明日も仕事だから――」

「じゃあ、私が飲んじゃう!」

 ぐいっと焼酎を飲みほした桜を見て「女将さん……」と給仕手伝いが呆れたように呟いた。
 
 ぷはーっと息を吐いてから、桜は顔を両手ではさむとぴょんぴょん跳ねながら言った。

「そんなこと言う人だったかしら、綾子って! 鈴原くんの影響?」

「そうね。彰吾くんの影響かしら……」

 綾子は首を傾げた。 
 『綾子さんは素敵です』『綾子さんは格好良いです』『綾子さんが好きです』
 自分のひねくれていた部分を彰吾のかけてくれた言葉が真っすぐにしてくれた気がする。

「――『付き合う男で女は変わる』とは言うけれど。あなたってば、好きとか嫌いとかそんなことはっきり言うことなかったじゃない。それが――ああ、もう、本当に照れちゃうわ」

 今度は綾子がばっと顔を赤くして上げる番だった。

「ちょっと、そんな男がとか女とか、直接的な言い方は……」

 桜は「もう」と笑った。

「真面目なんだから。――どうせ二人で好き好き言い合ってるんでしょう。ああ良いわね、交際したての初々しさ……そういう話どんどん聞かせて欲しいわ!」

「そっ」

 綾子は顔面を押さえると突っ伏した。
 女学生時代は桜の恋愛話をよく聞いていたものだが、自分が話の中心にされるこそばゆさは未経験だった。

「そ、そんなこと言い合ってないわよ……」

「あら、そうなの? 鈴原くんは『好き好き』言ってそうだけれど。『綾子さん』『綾子さん』ばかりだものね、鈴原くん」

 くすくすとからかうような口調の桜に対し、綾子は視線だけ上げて神妙に呟いた。

「そうね……言われては、いるわね……」

 会えば彰吾は必ず一度は『好きです』と伝えてくる。

「あなたからは?」

 綾子はむくりと身体を起こすと、顎に手を当てて考え込んだ。
 気持ちを伝える言葉を、彰吾はいつも示してくれているが、――自分はどうだろうか。

(いつも――私は『ありがとう』と返すばかりで……)

「――言ったことがないわ、私からは」

「そうなのね」と相槌を返そうとした桜の言葉を遮って、綾子はがたんっと立ち上がった。

「――言った方がいいものなのかしら!」

(そういった言葉を、きちんと伝えないと……つまらない女だと思われるかしら)

 ぐるぐるとそんな言葉が頭の中を回転する。

「え、ええと」

 桜は驚いたようにのけぞると、「うーん」と唸った。

「あなたからそういう言葉を言われたら――鈴原くんは嬉しくて失神でもするかもね」

「し、失神?」

 綾子は顔を両手で押さえた。そんなことあるだろうか。

(あり得る――かも?)

 自信過剰なわけではないが、想像するとあり得る気もするのが怖い。

「まぁ、冗談よ。――とても喜ぶだろうとは思うけど」

 うふふと桜は微笑んだ。

「でも、無理に言う必要はないんじゃない? 言いたくなった時に自然に伝えられればいいわね」

「そう――かしら」

「そうよ。綾子ってば、相変わらず真面目に悩んじゃって」

 桜はくすくすと笑うと、綾子に温かいお茶のお代わりを出した。

「明日も仕事でしょう。お茶をもう一杯飲んだら、帰ってゆっくり寝なさいな」

***

「さくら」を出た綾子は「はぁ」とため息を吐いた。

(桜はああ言っていたけれど……、やっぱり、私からも言った方がいいわよね……、その……気持ちを――)

 そんなことを考えながら、地面を見つめていた綾子の視界に男物の下駄が入り込んだ。

「綾子、久しぶり」

「修介さん……?」

 綾子は驚いて相手を見上げる。
 そこには、あの華との婚約披露宴ぶりに見る修介の姿があった。
 修介は隊服ではなく、普段着の着物姿だった。

「――お久しぶりです……?」

 なんと返事して良いかわからず、とりあえず返事をすると、修介はにかっと笑った。
 
「遅くまで大変だな。待っちまったよ。何か中央は、今厄介な妖が出てるんだって? お前の参番隊が調査に当たってるって聞いたよ」

「そうなんです。……修介さんの方も、お忙しいですか?」

(……私を『待っていた』?)

 相手の言葉の意図に疑問を持ちつつ、そこには触れずに言葉を返す。

「――まあ、変わらずだな。獣憑き相手に泥臭くやってるよ。まあ、でも仕事している方が楽かな。家の付き合いっての? そっちの対応のが疲れちまうよ」

(家との付き合い――華さんとの婚約が破談になったことを、言っているのよね……)

 修介は自分に何を求めているのだろうか?
 それがわからず、答えに逡巡する。

「……華さんとのお話は、残念でしたね……」

「華ちゃん、俺の思ってた感じと実際は違ってさ」

「……」と綾子は返答に困って黙り込んだ。

(修介さんは、何を言っているのかしら)

 硬直する綾子の顔を覗き込んで修介は低い声で問い詰めた。

「――それはお前もだよなぁ、綾子?」

「――はい?」

「お前、俺たちの婚約披露宴、新入隊員のあの鈴原 彰吾ってやつと来てたよな。お前たち、いつからできてたの? 俺と華ちゃんが会ってたみたいに、お前も俺と婚約してる時から、あいつと会ってたんだろ?」

「――はい?」

 綾子はもう一度、先ほどと同じ言葉を返した。

「だから、お前も浮気してたんだろ? 鈴原 彰吾と」

 修介は「はぁ」と大きくため息を吐いた。

「お前も真面目な顔して、そういうことするんだもんなぁ。俺の思ってた感じと全然違ったわ」

 綾子に口を挟まさせる余地を与えず、修介はぺらぺらと言葉を続ける。

「でも、お前がそういう感じだってわかって、逆に良かった? っていうか。ほら、俺、お前のことただのつまんない女だと思ってたけど、そういう感じのが全然良いと思う」

「――『そういう感じ』というのは」

「だから、入隊したての若い二枚目にちょっかい出してみるような、大人の女の魅力があるっていうの? そういうの、良いと思うよ、俺」

 うんうんと頷く修介を見ながら、綾子は固まってしまった。

(どうしよう……修介さんの言っていることが本当に理解できないわ……)

「修介さん、私が彰吾――鈴原くんと、その――交際させていただいたのは、修介さんとの婚約がなくなった後で……」

 修介は諭すように言葉を選んでいる綾子にずいっと近づくと、肩を抱いた。

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