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【2】婚約披露宴と余波

34. 「――私、あなたのこと、大好きよ」

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 深夜の「さくら」で綾子は桜が出してくれたもつ煮込みを食べながらため息を吐いた。
 その様子を見た桜は心配そうに言った。

「今日も遅いのね。お疲れ様。お茶のおかわり淹れてあげるわ」

 お茶をずずずと飲んで、綾子は呟いた。 

「ありがとう。お腹に染みわたるわ……」

「――ここのところ毎日遅いじゃない? 任務、大変なの?」

「ちょっとね」

 綾子は言葉を濁した。大変なのは事実だった。

***

 また「白髪の鬼」が出たのだ。
 今度は見合いを強要されたという女が鬼になって、家族を喰らおうとした。
 女が行方不明になったという情報を聞き、綾子たちの第参部隊が彼女の家に事前に張り込み『家出したが戻ってきた』とまことしやかに言う彼女の正体を暴き討伐したのだった。

 家紋による攻撃をしかけると、彼女は先日の女学生と同じように白髪を振り乱した鬼となった。

 報告資料をまとめた綾子は長官に告げた。 

『やはり――私の父と戦った、『九十九つくも』に間違いないと、思います』

『全く同じ妖か? 確かに10年前まで何度か起きていた若い女性が白髪の鬼にされる事件と同じ特徴だが』

 長官は唸った。

『この数か月で3件は、頻度が多すぎる。1体だと思うか? 何故急にそんなに活動的になっているのか――』

 綾子の父が九十九と戦った10年前までは、九十九によると思われる女の白髪鬼の事件は、年に1件も起こっているものではなかった。確かに、頻度が多い。

(何かに、焦っているような――?)

『知能の高い妖なのだろう。君を襲ったその九十九という妖は。このように高頻度で人間を鬼にし――、鬼にしたまま放置というのは、行き当たりばったりのような――知能が高いという気配があまり感じられないのだが』

(確かに、長官の言うことはもっともだわ)

 白髪鬼にされた女性たちは個体で行動しており、周囲に九十九の姿はなかった。

 妖が人間を襲って、喰らわずに鬼にするのには理由がある。
 普通の妖なら、その人間に乗り移るためか、鬼に変えた人間を操って、さらに餌となる人間を集めるために使うかどちらかだ。例えばある安宿を営む一家が全員妖に鬼に変えられ、宿に泊まる客を定期的に喰らっていたという事件があった。
 
 普通の妖とは違い九十九はそのどちらの理由でもなく、『人間の女性を妖にして妻にする』というようなことを言っていた。それならば、鬼に変えた女性をそのまま放置してどこかへ行ってしまうのはなぜだろう。その目的があるのなら、自分のもとに留め置くのではないだろうか。

(わからない、けれど……)

 綾子は長官を見つめて言った。

『私は、九十九に鬼にされかけたからか――感じるのです。現場に残された気配を』

 長官は眉間に皺を寄せた。

『君にはまだ妖気が残っているものな』

 九十九に妖気を流し込まれ鬼に変えられそうになった綾子の体内には、いまだに妖気が残っていた。半鬼化した者は定期的に妖気の残量を確認する検診を受けるが、たいていは長くても数年で妖気は消えるものだが、綾子の中にはいつまでたっても一定量の妖気が残留していると診断された。量が変わらず安定しているので、再度の鬼化の危険性は少ないとみなされ、今では年に1度確認される程度だったが。

 ――今回の白髪鬼の現場では、むず痒いような、身体の中の残留した妖気が親に反応するような、言葉に言い表せないような感覚があった。彰吾とあの女学生に対峙したときに、正体に気付いたのは、そのむず痒さを感じたのもある。

『藤宮くん、君に『九十九』討伐を一任する』

 長官はそう言って、『頼んだよ』と頭を下げた。

***

 ――しかし、仕事のことは、親しい友人であってもぺらぺらと話すわけにはいかない。

 桜も長い付き合いなのでそのことはよくわかっている。深く追求せずに話題を変えてくれた。
 カウンターに肘をつくと、悪戯っぽく聞いた。

「それで、鈴原くんとは――どうなのよ」

「……」

 綾子は頬を両手で押さえると黙った。
 桜はカウンターから身を乗り出す。

「なになに、どうしたの」

 綾子はしばらく卓上の料理をそわそわと見つめると、思い切って打ち明けた。

「――それが……接吻キスをしてしまったわ……」

「そうなの!」

 「あらまあ」と口を押えたさくらに綾子は訴えた。

「――急すぎるかしら、まだ交際して数か月なのに――」

「そんなことはないでしょう。正式に婚約したのよね?」

「ええ、まぁ」

 鈴原家に招待された後、綾子と彰吾は正式に婚約の手続きをした。
 ――だからといって、両家での食事会は行ったものの、華と修介のように婚約の披露宴を大々的に行うようなことはなかったが。

(そうね、正式に婚約をしたわけだから別にそういうことをしても、でも最初は婚約する前だし……、いえ、でも結果的にその後、婚約をしたわけだから)

 ぐるぐると考え込む綾子の頬を桜がつんとつついた。

「ちなみに――どちらから?」

「向こうから――というか、自然に?」

「自然に」と復唱してから、桜はさらに聞く。

「――どこで?」

「――彰吾くんの家の、帰り道の、途中ね」

「帰り道の、途中」と呟いてから、次の質問を繰り出そうと身を乗り出した友人から逃れるように綾子は視線をずらした。

「そんなに細かく聞かないでよ……、恥ずかしいじゃない」

「ごめんね。――でも、綾子からそういう話が聞けるなんて嬉しくて――幸せになってね」

 桜は感極まった様子で手を胸の前で組んでそう言った。

「気が早いわよ――」

「だって、だって。あの綾子が――仕事か妹か犬の話しかしない綾子から、色恋の話が聞けるなんて――」

「――何だか、言い方が引っかかるわね」

 綾子は苦笑した。確かに言われてみれば、女学生時代から桜の色恋話を聞くことはあっても、綾子自身のそういった話題は話したことはなかった。

「違うのよ。もったいないと思っていたんだもの。あなたってば素敵なのに、自分のことなんてって感じだから――」

 綾子はしばらく黙り込んだ。

『あなたってば素敵なのに』

 桜の言葉を反芻はんすうする。思い返せば彼女はいつも綾子のことを肯定する言葉を言ってくれるのに、自分はいつも「そんなこと言って」とひねくれて、真っすぐにその言葉を受け取ったことがなかったのではないだろうか。

 綾子は友人を見つめて微笑んだ。

「――私、あなたのこと、大好きよ。桜。いつもありがとう」
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