上 下
27 / 64
【2】婚約披露宴と余波

26. (そうだった。綾子さんはこういう人だ)

しおりを挟む
 主役である華が会場を去ってしまったことで、うたげの席は困惑した空気に包まれたまま幕を閉じた。困り果てたような表情の修介の父親が「華さんのご気分が悪くなってしまったので、皆さんお食事をお楽しみください」と挨拶をし、用意された料理一式を出し終えたところで会は終いとなった。

 出された料理は、さすが東都を代表するホテルのもので、とても美味しかった。
 だが、綾子はどこかうわの空のような表情で、華が駆け出して行った先を時折見ていた。
そんな様子を見て彰吾は思う。

(婚約者を奪ったような女の心配をするなんて、綾子さんはなんて優しいんだ……)

「間宮さんのことが気になりますか?」

 聞くと綾子は俯いて答えた、

「そうですね……。恩人の、妹さんなので」

「恩人……?」

「華さんのお姉さんの早矢さんは私の先輩だったんです。――3年前に殉職されてしまいましたけれど」

「――間宮 早矢さんですね」

 彰吾は3年前、退団者である義父が葬儀に呼ばれていたことを思い出した。
 対妖防衛隊での殉職じゅんしょくは名誉とされ、帝から勲章を授与される。
 現役を引退した義父はその勲章授与の手続きなどの業務をしていた。食事の席で今回亡くなったのが若い女性隊員だったと聞き、

(命を懸けて戦って、死んでしまうなんてもったいない)

 と思ったことを覚えている。

 ――当時の彰吾は、何に対しても無気力で、目標も人生の指針もなかった。
 だから『命を懸けてまで戦う』ということが理解できなかった。
 大学の先輩に誘われるまま盛り場に出入りしていた彰吾は、年上の女性に誘われることも多く、これも誘われるまま相手をしていた。
 
 流されるままに惰性で生きている自分には、殉職するほどの熱意をもって防衛隊員を務めるということが、信じられなかった。

 祖父が勲章授与くんしょうじゅよのために持っていた資料の写真に写っていたのは、なかなかに可愛らしい女性だったので、正直に言えば「もったいない」と思ってしまった。
 家紋を継ぐ華族に生まれた綺麗な女性なら、いくらでも嫁ぎ先があるだろうに、と。
 あえて防衛隊の前線で妖と対峙し、命を削る意味がわからなかった。

「今の私があるのは、早矢さんのおかげなので……」

 伏し目がちに呟く綾子の言葉を聞いて、彰吾は過去の自分を恥じた。

(綾子さんの恩人の方なら、綾子さんのように『人を助けたい』という強い信念を持って隊員をされていた方なんだろうな)

 彰吾は気落ちしている様子の綾子に聞いてみた。

「神宮寺さんと間宮さんの披露宴がうまくいった方が良かったですか?」

「それは……そうですね」

 綾子は頷いた。

「修介さんと華さんにどうにかなってほしいわけではないですし……。華さんは早矢さんの妹さんですから。幸せになってくれれば良いなと思っています」

「お二人に対して、怒っていたりは、ないんですか?」

「私は彰吾くんのおかげで、自信を持ってこの場に来れたのだから、それで十分です」

 微笑む綾子に彰吾は自分の質問を恥ずかしく思った。

(そうだった。綾子さんはこういう人だ)

 自分が綾子なら。
 婚約中に浮気をした挙句、浮気相手と婚約した相手の披露宴が破談になれば、『当然の報いだ』と溜飲が下るだろう。でも綾子は、誰かに理不尽なことをされても、決して相手の不幸を願ったりはしない。

(そんな人だから俺は惹かれたんだ……)

 綾子の祖母のさちのことだってそうだ。
 幸が綾子に対して嫌味を言ってきたことは確かだし、年配者としてそれは許されないことだと彰吾は思う。しかし、綾子はそれを許すことで、和解をした。

 恨まずに、許すこと。
 それができる綾子を、彰吾は尊いと思う。

養父ちちは間宮さんや神宮司さんの家の方と懇意こんいにしていると思いますので、どうされたのか聞いてみましょうか」

 そう提案すると、綾子は顔を上げた。

「本当ですか! お願いします」

「はい。――なので、綾子さんは、もうこのことは気にしないでくださいね。家まで送りますよ」

 そう言って立ち上がると、綾子に手を差し出す。

(綾子さんは、やっぱり素敵な人だ)

 そう噛みしめるように思って。

 帰りの車内で彰吾は綾子に養父からの言葉を伝えた。

「養父が、綾子さんを自宅に招待したいと言っていたのですが、あの、家に来て頂けますか?」

 綾子は顔を輝かせた。

「ぜひ。とても嬉しいです!……私の家にも今度食事に来てくださいね」

 そんな言葉に思わず彰吾は言葉を詰まらせた。

(……幸せだな……)

 あの日自分を救ってくれた憧れの女性が隣にいて微笑んでくれている。
 その幸せを噛みしめながら、彰吾は車を発車させた。

 綾子を家に送り届けてから、自宅へ戻る車内で、自分を育てることを放棄した母と、自分の家紋を継がなかったからと存在を無視した父のことを考えた。

 今までは父母のことを考えると、胃がムカムカするような感覚を感じていた。
 それは怒りや憎しみや空しさが腹の内でごちゃごちゃになったような気持だった。
 でも今は、二人のことを考えても『どうでも良い』と平穏な気持ちでいることができた。

(綾子さんはすごいな……)

 そういうふうに落ち着いた気持ちになれるのは、確実に、綾子と一緒に過ごすことができるようになってからのことだと思う。
 彼女のおかげで、人生の目的とやる気が生まれて、前向きな気持ちになれたから、悪い感情の渦に飲み込まれずに済むのだと思う。

(まだ『あの人』たちのことは嫌いだけど)
 
 彰吾は苦笑する。綾子のように、自分を捨てた母親と父親を『許す』までに至るのはまだ彰吾には無理だった。

(だけど、俺も)

いつか、そうできる人間にいつかなりたいと思う。

「綾子さんに、いつ、家に来てもらおうかな……」

 声に出して呟く。先のことを考えると、とても楽しみな気持ちになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スラムに堕ちた追放聖女は、無自覚に異世界無双する~もふもふもイケメンも丸っとまとめて面倒みます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
どうやら異世界転移したらしいJK田崎 唯は、気がついたら異世界のスラムにどこかから堕ちていた。そこにいたる記憶が喪失している唯を助けてくれたのは、無能だからと王都を追放された元王太子。今は、治癒師としてスラムで人々のために働く彼の助手となった唯は、その規格外の能力で活躍する。 エブリスタにも掲載しています。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

死に戻り勇者は二度目の人生を穏やかに暮らしたい ~殺されたら過去に戻ったので、今度こそ失敗しない勇者の冒険~

白い彗星
ファンタジー
世界を救った勇者、彼はその力を危険視され、仲間に殺されてしまう。無念のうちに命を散らした男ロア、彼が目を覚ますと、なんと過去に戻っていた! もうあんなヘマはしない、そう誓ったロアは、二度目の人生を穏やかに過ごすことを決意する! とはいえ世界を救う使命からは逃れられないので、世界を救った後にひっそりと暮らすことにします。勇者としてとんでもない力を手に入れた男が、死の原因を回避するために苦心する! ロアが死に戻りしたのは、いったいなぜなのか……一度目の人生との分岐点、その先でロアは果たして、穏やかに過ごすことが出来るのだろうか? 過去へ戻った勇者の、ひっそり冒険談 小説家になろうでも連載しています!

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...