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【2】婚約披露宴と余波

21. (こんなに素敵な人を手放したことを後悔すれば良い)

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(今日の披露宴が終わったら、正式に家に招待させてもらっても良いかな。綾子さんのご家族に俺もご挨拶できたわけだし) 

 一足先に車から降りて、綾子のために助手席の扉を開けながら、そんなことを考えていた彰吾だったが、扉から外に出た綾子に「ありがとう」と微笑まれてた瞬間、思考が飛んだ。

(……今日の綾子さんはいつもに増してきれいだ……)

 洗練された瀟洒しょうしゃなデザインの濃藍のドレスは、綾子の凛としたイメージに良く似合っていた。

「彰吾くん?」

 「は!」と意識を戻してみれば、顔を覗き込むように見上げる綾子と視線が合った。

「すいません、つい綾子さんに見惚れてしまって」

 正直にそう言うと、綾子は照れたようにうつむいて「ありがとうございます」とやや小さい声でつぶやいた。

(本当にこの人は……格好良くて綺麗なのにかわいらしいな)

 彰吾は思わず拳を握った。一呼吸置いて気持ちを落ち着かせると、綾子の手を引いた。

「行きましょうか」

 会場に向かう途中。来客たちがちらちらと綾子と彰吾に視線を送ってくるのを感じた。
 当たり前だ、と彰吾は誇らしい気持ちになった。

(綾子さんはこんなに綺麗なんだから、みんな見るに決まっている――見て欲しいような、見て欲しくないような……)

 複雑な気持ちだった。
 きれいに着飾っている普段と違う綾子の姿を他の人に見せたい気持ちもあったし、自分だけが見ていたい気持ちもあった。

 ただ、

(――神宮司さんには見て欲しい)

 綾子と交際する席を開けてくれた修司に対しては、彰吾は感謝の念も感じていたが、それ以上に綾子の気持ちを傷つけたことに怒りを感じていた。
 
 対妖防衛隊に入隊して、希望通り綾子の近くで働けることになった時。参番隊の隊長を務め、自隊の隊員からの信頼も厚く妖の討伐数も随一、文字だけでも賞賛慣れしていそうな綾子が、どうしてこんなに腰が低く自身が無さそうなのか疑問に思った。

(この前、綾子さんが自分のことを話してくれて嬉しかったけれど)

 綾子の母親が妖により鬼化し、それを父親が相打ちの形で討伐し、二人とも亡くなったということは彰吾も知っていた。――が、綾子が鬼化しそうになったということまでは知らなかった。

 「鬼化」は弱い心に付け込まれた「不名誉なこと」という認識が、特に家紋を持つ華族の間にはある。それ故華族は皆親族の誰かが「鬼化」した場合、その事実はできる限り隠そうとする。彰吾も鬼になりかけた事実は、外には漏れていないはずだった。

 だから綾子がその隠された事実を自分に伝えてくれたことは嬉しかった。

 けれど。

(綾子さんは、自分を責める人だ)

 ――私は、本当に『私なんか』なんですよ……。

 下を向いてそう言った綾子の自虐的な表情を思い出して、彰吾は胸を痛めた。

 彼女のことだ。修介に婚約破棄を告げられた原因は自分にあると、自身を責めたに違いない。

(神宮司さんがありえないのだから、綾子さんは怒ればいいのに)

 綾子と婚約しているにも関わらず、別の女性と交際した挙句、婚約破棄後すぐにその浮気相手と婚約。誰が聞いても綾子が怒って良い状況だ。
  ――それなのに、彰吾はいままで一度も綾子の口から修介を非難する言葉を聞いていない。

(そもそも綾子さんの婚約者にはふさわしくなかったんだ)

 彰吾は神宮司 修介について、彼が綾子の婚約者だと知った時によく調べた。

 隊員を多数輩出する「神宮寺家」の四男。強力な攻撃系の家紋【雷霆らいてい】の力を持つ、肉体派の隊員で、妖の討伐数は多く、隊員としては優秀。東都周辺部を守る五番隊の柱となる隊員だが、中央警備の壱番隊への配属を希望しており、上昇志向が強い。背が高く、屈強ながら整った顔立ちで、女性関係は派手。家を継げないからか、婿入り先の戸主になりたがっていた。それが理由で、藤宮家から綾子との婚約の話を持ち掛けられ、見合いをし、婚約した。

(綾子さんと婚約できたなんて、本当に羨ましい限りなのに……)

 綾子と修介が街中で会っているのを見に行ったこともある。
 普段と違った晴れ着姿の綾子に、修介は特段反応する素振りもなかった。
 ただ自分の話をずっと話続け、綾子はそれを笑顔で聞いていた。

(綾子さんが楽しいならそれで良いと思っていたけれど)

 綾子が勤務中何となく元気がない様子だと心配していたところに、修介が綾子との婚約を破棄したという話を耳にした。それも、医療部隊に所属している別の女性と浮気をし、あろうことかその女性と今度は婚約したという。

(こんなに素敵な人を手放したことを後悔すれば良い)

「お名前をお伺いしても……」

「藤宮 綾子と、鈴原 彰吾です」

 受付の女性に聞かれて、誰にでも好かれると自覚している笑顔でそう答えた。
 彼女がぽっとした顔で自分を見つめたのがわかった。
 このような視線を向けられることには慣れている。

「綾子さん、上着をいただきます」

 綾子の羽織を預かると受付に預け、「行きましょう」と彼女の手を引いた。



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