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1.令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。
29.
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時々屋台で食べ物を買って食べたりしながら、買い物を終えて迷いの森に戻ったころには森の中は薄暗くなっていた。
「ずいぶん遅くなっちゃったわね」
とアルヴィンに言うと、彼は「そうだな」と呟いてから、立ち止まって笑った。
「でも、楽しかった」
「……私もよ」
私は彼の笑顔を直視できずに、近くの木に手を当て、家の方向を探った。木の精霊は朝通った私たちのことを覚えていて、『私はどちらから来た?』と聞けば方向を答えてくれる。
「こっち?」
葉っぱが揺れる方を指差すと、アルヴィンが「もうばっちりだな」と満足げに頷いた。
***
出てくるとき夕焼けの赤い日が差し込んでいた森の奥の一軒家を囲む空間は、今は夕暮れの紫がかった空に変わっていた。家の扉を開けると、白い犬が駆け寄ってきて、アルヴィンに尻尾を振りながら飛び掛かる。黒猫は窓際の机の上で丸くなっていて、顔だけ上げて
「にゃあ」と鳴いた。
アルヴィンは街で買って来たものを袋から出して元のサイズに戻している。私はその横で手のひらに乗るほどの大きさになった紅茶の袋を手で持ってみようとして……、
「重いわ……」
ずっしりとした重さを持ち上げきれず、床に落とした。どすっと大きな音がする。
アルヴィンは「うわっ」とびっくりした声を上げて私と床に落ちた袋を見比べた。
「――重さは変わってないから、重いぞ」
「でも、アルヴィン、全部袋に入れて持ってたじゃない?」
私は首を斜めに傾げた。
「袋の中でこうやって浮かせてたんだ」
アルヴィンは指をくるっと回した。周囲に風が巻き起こって袋を浮かび上がらせる。その周りにいくつも小さな竜巻ができて袋は空中でふわふわと小さく上下しながら浮いた。
「そんなやり方があるのね」
私は感心しながら頷いた。私が魔法を使いこなせるようになるまでまだまだかかりそうだ。
「それより、服を適当な大きさにしたから、着てみてくれないか。調整するから」
アルヴィンはソファの上に今日買ってくれたドレスを3着並べた。
「――わかったわ、ありがとう」
私はそれを手にとって、一階の奥のタイル張りのバスルームに行った。
***
「――――似合ってる」
一着、一着着るたびにアルヴィンはしばらく黙り込んで、頷いてそう呟く。
『似合ってる』と言われれば嬉しいけれど――、彼が黙り込んでいる間の奇妙な沈黙は何なのだろうと考えてしまって、心臓がばくばく鳴った。
『あなたはとても素敵だから』
その度、彼に向って言った言葉を思い出しては私は気が変になりそうだった。
――どう思われたかしら。変なことを言っていると思われた? どう思ったのかしら。
だけどその疑問は口に出せずに、私はぴったり合うサイズになった洋服を持って、2階の師匠さんの部屋――、私が使わせてもらっている部屋に上がった。
クローゼットを開けて、クリーム色や薄い緑色のドレスを掛けると、今まで黒一色だったそこは随分と華やかになった。
――魔女だから、黒い服ばかり着ていたのかしら。
黒いドレスを手に取って、そんなことを思う。
彼の師匠の、魔女イブリンという女性はどんな人だったのだろう。
“色んな色があるといいね!”
“メリルに黒は似合わないもん”
その時、周囲に耳慣れた妖精たちの声がして私は顔を上げて周りを見回した。
そういえば――街に出てから、いつもあんなに私の周りを飛び回っている妖精たちの姿を見かけなかったことを思い出して、私は彼らに問いかけた。
「あなたたち、今日は静かだったのね。街は嫌いなの?」
妖精たちは互い互いに顔を見合わせて、口々に拗ねたように呟いた。
“だってメリル、ボクたちがいなくたって楽しそうだったんだもん”
“そうそう、私たちがいなくっても気づかないし”
“話しかけても聞こえてないみたいだった”
「――話しかけてた?」
私は首を傾げた。街中で妖精たちに話しかけられた記憶はなかった。
――賑やかだったから、聞こえなかったのかしら。
彼らの鳥が鳴くような高い騒がしい声が聞こえないはずはないと思うのだけど。
「ずいぶん遅くなっちゃったわね」
とアルヴィンに言うと、彼は「そうだな」と呟いてから、立ち止まって笑った。
「でも、楽しかった」
「……私もよ」
私は彼の笑顔を直視できずに、近くの木に手を当て、家の方向を探った。木の精霊は朝通った私たちのことを覚えていて、『私はどちらから来た?』と聞けば方向を答えてくれる。
「こっち?」
葉っぱが揺れる方を指差すと、アルヴィンが「もうばっちりだな」と満足げに頷いた。
***
出てくるとき夕焼けの赤い日が差し込んでいた森の奥の一軒家を囲む空間は、今は夕暮れの紫がかった空に変わっていた。家の扉を開けると、白い犬が駆け寄ってきて、アルヴィンに尻尾を振りながら飛び掛かる。黒猫は窓際の机の上で丸くなっていて、顔だけ上げて
「にゃあ」と鳴いた。
アルヴィンは街で買って来たものを袋から出して元のサイズに戻している。私はその横で手のひらに乗るほどの大きさになった紅茶の袋を手で持ってみようとして……、
「重いわ……」
ずっしりとした重さを持ち上げきれず、床に落とした。どすっと大きな音がする。
アルヴィンは「うわっ」とびっくりした声を上げて私と床に落ちた袋を見比べた。
「――重さは変わってないから、重いぞ」
「でも、アルヴィン、全部袋に入れて持ってたじゃない?」
私は首を斜めに傾げた。
「袋の中でこうやって浮かせてたんだ」
アルヴィンは指をくるっと回した。周囲に風が巻き起こって袋を浮かび上がらせる。その周りにいくつも小さな竜巻ができて袋は空中でふわふわと小さく上下しながら浮いた。
「そんなやり方があるのね」
私は感心しながら頷いた。私が魔法を使いこなせるようになるまでまだまだかかりそうだ。
「それより、服を適当な大きさにしたから、着てみてくれないか。調整するから」
アルヴィンはソファの上に今日買ってくれたドレスを3着並べた。
「――わかったわ、ありがとう」
私はそれを手にとって、一階の奥のタイル張りのバスルームに行った。
***
「――――似合ってる」
一着、一着着るたびにアルヴィンはしばらく黙り込んで、頷いてそう呟く。
『似合ってる』と言われれば嬉しいけれど――、彼が黙り込んでいる間の奇妙な沈黙は何なのだろうと考えてしまって、心臓がばくばく鳴った。
『あなたはとても素敵だから』
その度、彼に向って言った言葉を思い出しては私は気が変になりそうだった。
――どう思われたかしら。変なことを言っていると思われた? どう思ったのかしら。
だけどその疑問は口に出せずに、私はぴったり合うサイズになった洋服を持って、2階の師匠さんの部屋――、私が使わせてもらっている部屋に上がった。
クローゼットを開けて、クリーム色や薄い緑色のドレスを掛けると、今まで黒一色だったそこは随分と華やかになった。
――魔女だから、黒い服ばかり着ていたのかしら。
黒いドレスを手に取って、そんなことを思う。
彼の師匠の、魔女イブリンという女性はどんな人だったのだろう。
“色んな色があるといいね!”
“メリルに黒は似合わないもん”
その時、周囲に耳慣れた妖精たちの声がして私は顔を上げて周りを見回した。
そういえば――街に出てから、いつもあんなに私の周りを飛び回っている妖精たちの姿を見かけなかったことを思い出して、私は彼らに問いかけた。
「あなたたち、今日は静かだったのね。街は嫌いなの?」
妖精たちは互い互いに顔を見合わせて、口々に拗ねたように呟いた。
“だってメリル、ボクたちがいなくたって楽しそうだったんだもん”
“そうそう、私たちがいなくっても気づかないし”
“話しかけても聞こえてないみたいだった”
「――話しかけてた?」
私は首を傾げた。街中で妖精たちに話しかけられた記憶はなかった。
――賑やかだったから、聞こえなかったのかしら。
彼らの鳥が鳴くような高い騒がしい声が聞こえないはずはないと思うのだけど。
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