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船からの脱出
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しおりを挟むレブルの船に船首はない。
船体は駒のような形をしていて、中央には鐘楼があり、そこを中心として正四角形を描くようにして、円に内接する部分に中心に建つ鐘楼よりも小さな鐘楼が建っている。
中央から円の端にかけての甲板には、曲がりくねった線を描くぼみが無数に走っているのだが、それを見ることはできない。
なぜなら、甲板の上にはところせましと船の人間たちによって作られた小屋が建てられているから。
海獣の骨と皮で造られた小屋の更に上には、鐘楼と鐘楼との間を繋ぐように、何本もの綱が蜘蛛の巣のように張っていて、そこには肉や革、染色途中の織物などがくくられていた。
海の上の交易都市、それが、この船の表の姿だった。
船とは比べ物にならない量の物と人間を乗せることのできるこの船には、物と人とが集まってきていた。
海で生活するものは、各々の船で足りないものがあると、採取した海獣や魚、海藻、旧時代の遺物などをレブルで交換する。
数時間前までは人の姿と声であふれ、にぎわっていたその場所は、今は、身震いをしそうなほど静かだった。
「……他の船の人間たちも殺したのですか?」
「いや、レブルに急襲をかけることは、この船と取引をしている船に報せてあるからな」
「………」
この船の人間は、いや、自分は完全に見捨てられたということだ。
アオは心の中で、乾いた笑いを浮かべ、空を仰ぎ見た。
視線に映った蒼い空は、やはり、あのときと変わりなかった。
船の人間が、全て入れ替わっても、この船は変わらない。
自分がこの船を裏から牛耳り、船の名前をレブルに変えたときと、同じなのだ。
「アオ」
「なんでしょうか?」
「ここにいてくれ、すぐに、俺の仲間が迎えにくる」
「待て」
数人の男たちが、小屋と小屋の間から、わき出るように現れ、鐘楼の前に立ったアオたちを取り囲む。
その手には、抜き身の剣が握られていて、その切っ先は、アオたちに向けられていた。
「……っ!」
息を飲み、緊張するアオとは反対に、カイトは顔に笑顔を浮かべていた。
自分たちを取り囲んでいる男たちの後ろに立っているひときわ大柄な男に話しかけた。
短く刈り込んだ白髪に対し、顔には幾本もの皺が刻まれていて、男が長い年月を生きぬいてきたのかを雄弁に物語っている。
過酷な世界で生き抜いてきた老人の貫禄は、頭から顔にかけてつけられた刀傷が更に威圧感を増させていた。
「サトゥスバル殿。我々は、これで帰らせてもらう。これからご挨拶にうかがおう、と思っていたところだったから、そちらから出向いていただき、助かった」
カイトに声をかけられても、老人は答えなかった。
首を動かすことなく、色の抜けた灰色の瞳を静かにアオへ向け、しばらく黙って見つめた。
静かな瞳だった。
まるで、波一つない海というものがあるのなら、このようなものなのだろうと、アオは思うのと同時に、その異様さに、底冷えするような恐怖を感じた。
「……立ち去る前に、そのオメガを置いていってもらおう」
かすれ、しゃがれていながらも、遠くまでよく響く声だった。
アオは、自分の正体が見抜かれたことよりも、サトゥスバルの瞳を見て感じた違和感の正体に意識を向けられていた。
老人の声は激しい感情を押さえつけているもののものだ。
この男は、自分に対して、何か強い憎しみを抱いている。
しかし、この男に憎まれる覚えはなかった。
薬の交渉をもちかけてきたのは、あの男だったし、自分はむしろ、彼に感謝をされても良いくらいだと、アオは思っていた。
「それは、出来ない。彼は、俺たちヤマトの人間だからな」
「白々しい嘘を吐くな、そのオメガの瞳には見覚えがある。それは、この船のオメガだ」
自分の正体を見抜かれたことに、アオは驚いていた。彼とのやりとりは、アオは影武者に、サトゥスバルは使いのものに交渉をさせていたので、お互いの姿が分からない。
はずだった。
なのに、彼は自分のことを知っている。
何故という気持ちに、一つの可能性を考えつき、アオは口を開きかけた。
「貴方は……」
「さあ、そのオメガを早くこちらへ渡せ」
アオの言葉を遮るように、サトゥスバル声が、カイトに命じる。
「それはできない。貴方はこの船の人間を、というよりも、オメガを皆殺しにするつもりだろう?」
「そうだ。オメガはすべて殺す。庇うつもりならば、貴様も殺す。いや、貴様だけではない。貴様の船の人間すべてを殺し、その遺骸を肥しにしてやろう」
「……!?」
殺意を向けられ、アオは怯んだ。
その視界が、大きな背中に遮られる。
アオの前に立ち、カイトは先ほどよりも声を張り上げた。
「アオは殺させない。たとえ、俺と仲間の命をかけることになろうともな」
「………!?」
カイトの言葉に、アオが目を見開く。
サトゥスバルはカイトの心の内を見ようとするように、目をすがめて、カイトを見つめた。
「何故? そのオメガは、お前にとってなんなのだ? それは……」
「何故なら、彼は、俺の妻にするからだ!」
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