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広い屋敷、静かな家
7P
しおりを挟む男としての本能、当たり前の欲望。夜、同じ布団で寝るのはいつものことで。何度も抱きたい衝動にかられたこともあった。
好きだ、愛している。触れたい。接吻を何度も交わして、「大好きだよ」と微笑みながら頬を撫でても。それ以上のことはできない。
触れれば、もっと触れたくなる。飢えきったところにわずかな食料を与えられ、また放置される。もっと欲しくなる、それと同じように求める。本能が自我を乗っ取ろうとする。
けれどそのたびに背を向け、無理矢理に寝た。どうしても眠れず熱が冷めない時は仕方なく、厠へ逃げた。
「ダメなんだ。紅ちゃんがいくら『必ず病気が受け継がれるとは限りません。なってしまったらその時です』とか、どんなに優しい言葉をかけてくれても僕は、折れるつもりはない」
だから自分は小紅を幸せにはできないと、声を震わせる。
「幸せにできないってわかってるのに、どうして契りを交わしちゃったんだろうね。本当にバカだなぁ、僕は。紅ちゃんがかわいそうだよね」
まるで他人事。口では言葉を紡いで受け入れようとしているのに、口元では自分のことではないように笑みを浮かべている。
迷いはないけれど、不安。病気のせいでいずれすぐにやってくる“死”の覚悟を決めていたのに。
今日か明日にでもこの世を去るのだと考えると、怖い。だから別のことを考えることにした。
「…………でも、紅ちゃんだけは気をつけないと。あの子の、あの深い深い紅の瞳には全てが見えている。今は大人しく引いてくれているけど、必ずまた僕の前に立ちはだかる」
黒鷹が言うとおり、小紅は何かと鋭い。黒鷹が皆に出て行けと命じた時も静かにジッと見つめていただけだったし、声を荒げることもなく素直に身を引いた。
妻として、これから先もずっとそばにいて支え続けると誓ったのに。その約束が早々に破られることになっても、何も言わなかった。
呆れ果ててものも言えない、ということではない。黒鷹が恐れるようにきっと、彼女は再び彼の前に姿を現す。
そういう人間なのだ、魅堂小紅という女は。彼女が言ったように、諦めが悪い。
それでも、たとえ小紅が襲撃をやめるように説得しても、ついていくと言って聞かなくても、黒鷹は彼女を振り払う。刀を向けてでも。
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