鷹の翼

那月

文字の大きさ
上 下
180 / 386
浅葱色の想い

10P

しおりを挟む

「鳶さんが生まれつき、時と場所を選べず突然眠ってしまう体質だというのは知っていました。それが原因で、大変優秀な忍だけれど忍の里を追放されたことも」

「さすが。前触れが一切ないのが厄介なんだよね、鳶が飼っている睡魔は。でも、わざわざ2人きりになってまでしてた話はそのことじゃないでしょ?」

「……はい。鳶さんは本当に優秀過ぎる忍で、とても恐ろしい方だと」

「悪いけど僕、結構耳が良いんだよね。君の本名が紅花だってこと、土方の小姓だってことは聞こえちゃったよ。それにまだ、隠していることがあるってこともね」

 黒鷹は小紅から目を反らした。反らした目線は腰の刀に移り、ユルユルと持ち上げられた手が刀を握り、抜刀。

 スッと音もなく突き出された刀身は鉄格子の隙間から牢の中、小紅の眼前に突き付けられた。殺意は、ない。

「もうさ、全部吐き出して楽になれば?任務も失敗しちゃったんだし、これ以上隠す必要なんてないでしょ?」

 今、黒鷹は何を思っているのだろう?声はいつものように明るく言葉はハッキリしていて口元は笑みを浮かべているのに、きっと、心が抱いている感情は別のもの。

 喪失感による絶望と諦め。和鷹の心が離れてしまったことと、そのすぐあとに小紅が新選組の間者だった事実の露見が原因だ。

 そして和鷹や他の仲間達への罪悪感。和鷹の兄だと嘘を吐き続けてきた、あわよくばそのまま隠し通そうとしていたから。

 和鷹のことといい小紅のことといい、連続的に精神への疲労が蓄積され深く考えることをやめてしまっている。

 夜空色の瞳には、覇気がなかった。目の前の現実しか見ていない黒鷹はこれから先のことを前向きに考える余裕がない。

 今の彼の気持ちが、任務失敗により捕らえられ絶望の淵に立たされている小紅にはよくわかる。

「鳶さんに言われました。土方さんの小姓である紅花は任務失敗により死んでしまったけれど、黒鷹様の小姓である小紅はまだ生きていると。そして気づかされました。まだ死にたくない、ここにいたい、私がここに送り込まれた本当の理由を知るまで死ぬわけにはいかない、と」

 だから小紅は手を伸ばした。喉元に突き付けられた刀に両手を伸ばし、ゆっくりと見せつけるように刀身をつかむ。

 そして押した。グッと黒鷹の方へ、手の平が切れて真っ赤な血がしたたり落ちるのも気にせず、笑顔の面をかぶっている彼に挑むようにまっすぐ見つめる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日は沈まず

ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。 また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居
歴史・時代
タイトル通りです。意知が暗殺されなかったら(助かったら)という架空小説です。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗
経済・企業
清掃員:鳴瀬ゆず子(68)が目の当たりにした、色んな職場の裏事情や騒動の記録。 ※この物語はフィクションです。登場する団体・人物は架空のものであり、実在のものとは何の関係もありません。 ※ストーリー展開上、個人情報や機密の漏洩など就業規則違反の描写がありますが、正当化や教唆の意図はありません。 注意事項はタイトル欄併記。続き物もありますが、基本的に1話完結、どの話からお読み頂いても大丈夫です。 25年1月限定で毎週金曜22時更新。

ハンリュウ! 〜隋帝国の野望〜

魔法組
歴史・時代
 時は大業8(西暦612)年。  先帝である父・文帝を弑し、自ら隋帝国2代皇帝となった楊広(後の煬帝)は度々隋に反抗的な姿勢を見せている東の隣国・高句麗への侵攻を宣言する。  高句麗の守備兵力3万に対し、侵攻軍の数は公称200万人。その圧倒的なまでの兵力差に怯え動揺する高官たちに向けて、高句麗国26代国王・嬰陽王は一つの決断を告げた。それは身分も家柄も低い最下級の将軍・乙支文徳を最高司令官である征虜大将軍に抜擢するというものだった……。  古代朝鮮三国時代、最大の激戦である薩水大捷のラノベーション作品。

超克の艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」 米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。 新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。 六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。 だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。 情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。 そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

処理中です...