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真実の嘘
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しおりを挟むポツリポツリと呟く声が聞こえたのは、黒鷹が4回目の「さて、どうだろうねぇ?」を呟いてから四半刻が過ぎた頃か。
もしかすると高遠以外も屋敷にいないのかと思うほど、人の気配がないまま時間だけが過ぎていた。
「大丈夫かな。和鷹さん、あんなに慕ってたのに…………命の恩人とはいえ、兄弟じゃないなんて。それに………………まさか、東岡さんの隠し子だったなんて」
「それ、どこ情報?」
瞬間、世界がグルンッ!と回った。そして次に小紅の瞳に映ったのは天井と、自分を睨み付ける恐ろしい顔の黒鷹。
寝ていたはずの布団に小紅を仰向けに押し倒し、暴れられないよう馬乗りになってきつく両手首を押さえつけている。
黒鷹は全然眠ってなどいなかった。体調を崩しているのは事実だが、眠るフリをしてこの時を待っていた。
小紅が、胸の内に秘めてきたものを吐露するこの時を。小紅はその性格ゆえ罪悪感に耐えられず、誰にも聞かれないところで懺悔する。
それは本来小紅が知るはずのない情報。近藤の口から暴露された時、小紅はその場にいなかったしそれ以降は小紅にだけ話していない。しかも、最後の部分は黒鷹さえ知らなかった情報だ。
和鷹と黒鷹が本当の兄弟でないこと、それから最後の部分は新選組の限られた幹部しか知らない。小紅が自ら、自分は新選組の間者だと白状したも同然。
「あぁ、別人みたいに目つきが変わったね。観念した?大人しく話してくれたら手荒な真似はしないよ」
観念したようだ。しくじってしまった焦りと、黒鷹に捕らえられ恐怖にガタガタ震えていた小紅は腹をくくり、黒鷹を睨み付ける。
瞳の色は赤黒のまま変わらないのに、一瞬で光を失ったそれは黒鷹が言うように「まるで別人」の瞳。小紅ではない、土方に「ハナ」と呼ばれる別人である。
舌を噛み切ろうとするも感づいた黒鷹の指が瞬時に口の中に突っ込まれ、彼の右手が小紅の両手首を握る力が強くなり骨が悲鳴を上げる。あまりの痛みに涙がにじんだ。
「頭領。縛ります、か――!?」
自分の失敗とはいえ、小紅はこんなところで終わるわけにはいかない。彼女なりの意地が、強い想いがある。
だからこそ、突然屋根裏から縄を持った鳶が登場したのと同時に足を振り上げ、反動をつけて体をひねりながら力任せに黒鷹の手を振り払った。
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