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一歩前で待つ
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しおりを挟む鳶は小紅が抱えているものを打ち明ければいいと言うが。鳶が言いたいこともわかるが。そんな簡単に打ち明けられることなら小紅はこんなに悩まない。
ゆえに小紅はさらに落ち込んだ。素直に落ち込んだ、深い溜め息を吐いて。
「はぁぁぁ…………ありがとうございます。私のことは、もう少し胸の内に秘めておきます。けれど鳶さんは、我慢しないでください」
最後に呟かれた小紅の言葉に、鳶がピクッと反応した。ゆっくりと顔を向け、目を細める。
さっきまでの柔らかく暖かな優しい表情は消え失せ、ピリピリと素肌が痛むほどの緊張にこの部屋の温度が一気にグッと下がった。
「少し特殊な天才忍者、あなたのことだったのですね。その特殊な生まれつきの体質のことは……風の噂で知りました。本当にいるとは思いませんでしたが」
小紅はもう震えておらず、まっすぐ鳶の青い瞳を見つめる。鋭利な刃物のように細められた目は彼女の真意を見抜こうと探っている。
真意なんてない。小紅は本当に鳶が抱える秘密を知っているというだけだ。言いふらそうとか、強請ろうなんてことは考えていない。
それが伝わったのか、鳶は少しの沈黙の後に「天才ではない」とだけ小さく呟いて目を擦った。
「鳶さんのその症状は我慢すれば大変なことになるのでしょう?その目、もしかして今も、相当お辛いのではないのですか?」
「今、休むわけにはいかない。耐えることには、慣れている」
「私がなぜ知っているのか、聞かないのですね?それとも、風の噂を耳にしたという言葉を信じてくれるのですか?」
「……問いただしたところで、そう簡単に口を割るような者ではないであろう?無駄な話は、しない」
鳶は一体、小紅をどんな人間だと思っているのだろうか?ただ者ではない、という程度か。はたまた高遠のようにどこかの密偵だと思っているのか。
チラリと小紅に向けられた目は鋭かった。鋭利な刃物のようで、背筋がゾクッと震えた小紅は顔を背ける。
「………………敵ではありません…………今は」
そういうことを素直に口に出してしまう、嘘が吐けないから不信感を買うのだ。悪い癖のようなものだと小紅本人も重々わかってはいる。
膝の上に乗せた拳をギュッと握り締め、唇を噛みしめる。知ってほしくない。知られてはならない。小紅の秘密はしかし、胸の内に秘めれば秘めるほど小紅を締め付ける鎖となり苦しめる。
せめて、あぁ早く、猫丸が目を覚ませばいいのに。願いながら目を閉じた。
小紅が呟いたその言葉を最後に、2人は口を閉ざし1刻(2時間)あまり静かに猫丸を見守った。
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また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。
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