鷹の翼

影

１１P

「はい？魅堂夜鷹様ですよ、知らなかったのですか？もうすでに、鷹の翼の皆さんにはお話ししていて価値はなくなったと思いますが」

　小紅の父親が夜鷹だということは千歳だって当然知っている。なのにわざわざ２人きりになってまで「父親は誰？」と問うということは、もっと深い意味の質問だということ。

　ただ単に「魅堂夜鷹です」という答えを聞きたいのではない。違うのだ、千歳が聞きたいのはそんな簡単な答えではない。

「質問を変えるわ。そうね………………今の、父親は誰？」

　千歳の目つきが鋭くなった。情報屋をなめてはいけない。手練れの情報屋として、確証のない情報は売りづらい。だけではなく、千歳個人としても中途半端でモヤモヤしているのかもしれない。

　どうやって確証のない情報を仕入れたのかは不明だが、少なくともすでに千歳は答えを知っている。

　答え合わせをしているのだ。本人の口から聞いて裏付けする、そのひと手間により情報の価値は跳ね上がるだろう。それにより小紅がどれだけ傷つこうと関係ない。

　どんな人や物にでも、他の誰にも知られたくない秘密はある。秘密は知られないからこそ秘密。

　小紅はどうする？自分の秘密を売って秘密を買うのか？小紅が抱える秘密は、時が来れば鷹の翼の皆に話すことになる。価値はなくなる。

　知られるのが今、千歳なのかこれから先のいつか、鷹の翼の人達なのかの違い。どっちをとる？

　自分を見つめ続ける千歳から反らした目を、伏せる。静かに深呼吸をすれば、ゆっくりと顔を上げて千歳に赤黒い目を向けた。

「……私には千歳さんが何を考えているのか、正直まったくわかりません。でも、そういう交渉を持ち掛けるということは、私にとって何か深い意味があるのですね」

　千歳は、ニコッと笑った。ただの知識欲のためではない、あえて今、小紅に伝えようとしているのだ。

「わかりました。千歳さんを信じてお教えします。ちょっと失礼いたします……」

　大きく深呼吸をした小紅は膝立ちになり、千歳の耳元に顔を寄せた。両手で口元を隠すとヒソヒソと、その人物の名を口にする。

　その者の名を聞いても千歳は驚かない。目を閉じて「やっぱりそうなのね」と静かに呟き、振り返ると「ありがとう」と小紅の頭を優しく撫でた。