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桜樹と桜鬼
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しおりを挟む――いつの間に眠っていたのか。すっかり熟睡していた小紅は誰よりも遅く起き、朝餉を食べた後、桜鬼の部屋を訪れた。
彼もすでに起きていて自分の部屋で朝餉を食べ終わったところだった。一応和鷹と鳶の付き添いでの面会だが、部屋に入るなり桜鬼の笑顔が引きつった。
「へぇ。あんな怖い目に遭ってもまだ、僕に会いに来るなんて。君って、相当な馬鹿だね」
桜樹が出てきている時、桜鬼の意識はあって彼の中から外の様子を見ている。逆に桜樹は普段、桜鬼の中で眠っている。
だがただ眠っているのではなく、眠ったまま意識は桜鬼と同調している。夢の中で桜鬼が見ているものを見て、音を聞いて、匂いを嗅いで。全ての感覚を共有する。
そうやって桜鬼達は生きてきた。お互いを実感して、桜鬼は桜樹がいつ力づくで体を乗っ取ろうとするのかと恐怖し、桜樹は自由に生きられる桜鬼を疎ましく思う。
同一人物でも相容れない、けれど実は認め合っているお互いに必要不可欠な存在。かけがえのない存在。
「でも、一生懸命な小紅ちゃん、僕は好きだよ。アイツも君のことが気に入ったみたいだ」
「桜樹さんも同じことをおっしゃっていましたよ。お気持ちは大変嬉しいのですが、私はまだどなたの奥方になるわけもいかないのです」
「おや、アイツがね。ふぅん…………そっか、悪かったね。小紅ちゃんのことは諦めるよ」
桜鬼がサラッと告白して、小紅が真剣かつあっさり断ったここまで。鳶は静かに目を伏せて見事に空気と化していた。
しかし和鷹はそうもいかない。桜鬼達の想いを知らないから。声こそは上げなかったものの「何だと!?」と言わんばかりに驚きの表情のまま止まっている。
隣に顔を向けると鳶は小さくうなずくだけで何も言わない。それを見習ってか、和鷹も寸前まで出かかった言葉を飲み込んで2人に目を向ける。
「本当に君は――」
「桜鬼さんはもう大丈夫そうですね。では、私は黒鷹様の元に戻ります。おやすみのところ、失礼いたしました」
桜鬼が柔らかな笑みを浮かべて何か言いかけたところ、小紅は遮って立ち上がるとペコリと頭を下げて部屋を出て行ってしまった。
桜鬼も和鷹も声をかける間がなかった。鳶は目を向けていただけで首から下は全く動くこともなかったし、彼女が出ていってからも動くことはしない。
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