鷹の翼

那月

文字の大きさ
上 下
80 / 386
桜樹と桜鬼

5P

しおりを挟む

「ごめん、間に合わなかった…………怖かっただろう。今は僕以外誰もいない。だから…………我慢しないで、ね?」

 抱きしめすぎて潰れてしまうんじゃないかと思うほど、その腕の力は強く。頭上から降ってくる声は最初、か弱く震えていた。

 ギュッと抱きしめる腕の力が少しだけ緩められ、小紅の顔を隠すように優しく頭を撫でる黒鷹。その声は優しく柔らかで、小紅の心を抱きしめた。

 するとせっかく努力して押し殺していた感情が戻ってきた。怖かった。本気で殺されるかと思った。目の前にまで迫りくる死が恐ろしかった。

 でも、もう大丈夫。黒鷹が、皆が助けに来てくれたから。もう大丈夫。

 黒鷹のこげ茶色の着物に、涙がにじんだ。1滴。もう1滴。抑えがきかない。次々とあふれ出る涙を流し、ついに小紅は声を上げて泣いた。

 黒鷹の胸にしがみつき、肩を震わせて泣いた。そして実感した。今、生きていると。

 小紅が泣いている間、黒鷹は静かに彼女の頭や背中を撫で続けた。時折「大丈夫だよ」と囁き、彼女に安堵をもたらした。

 その言葉は彼女に向けたものだが、もしかすると、黒鷹自身に向けられたものでもあるのかもしれない。

 もう少しで彼は、目の前で彼女を殺されるところだったのだから。手を伸ばせば届く距離にいるのに助けられなくなるところだったのだから。

 それは黒鷹にとって何よりの苦痛。だから「大丈夫」という言葉は自分の心にも向けられているのかもしれない。不安なのだ。

 小紅をやっと鷹の翼の一員として、そして小姓として認めたのか。だからこそ、大事な仲間を守るために桜樹に刀を向けた。殺すつもりで、とどめを刺そうと振り上げた。

 最終的にそれはできなかった。嫌な気を感じ取ったらしい猫丸と鳶が飛び出さなければ今頃、おうき達は息をしていなかっただろう。

 桜樹が加害者だとはいえ、一心同体の桜鬼は同じ鷹の翼の仲間。夜鷹なら、命までは奪おうとしなかった。

 それなのにあそこまで怒りに支配されてしまったのは。小紅が鷹の翼の一員で、黒鷹の小姓で、夜鷹の娘だから。それ以外に何か特別な理由があるのか?

 何にせよ、小紅は殺されずに生きているし桜鬼だって大人しくなった。ひとまずの安心。

 冷え切っていた小紅の体が黒鷹の体の熱で温もりを取り戻した頃。涙も治まってきて小紅は「もう大丈夫です」と、離れようとしたがそれを彼が拒んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Get So Hell?

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末 純粋 人生 巡業中♪

藤次郎と滝之丞とたま

トマト
歴史・時代
将軍家治には秘密がある。 幼い頃より、ずっと見守り続けている母娘。 二人が 穏やかに暮らしていくことが望みだが、活動的すぎるむすめっこ「たま」は、しばしば、いざこざに巻き込まれる。「たま」を補助するよう、お庭番 藤次郎がおくりこまれた。 《まったくのフィクションです》

投稿インセンティブで月額23万円を稼いだ方法。

克全
エッセイ・ノンフィクション
「カクヨム」にも投稿しています。

鎌倉西小学校ミステリー倶楽部

澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】 https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230 【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】 市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。 学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。 案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。 ……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。 ※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。 ※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)

真田源三郎の休日

神光寺かをり
歴史・時代
信濃の小さな国衆(豪族)に過ぎない真田家は、甲斐の一大勢力・武田家の庇護のもと、どうにかこうにか生きていた。 ……のだが、頼りの武田家が滅亡した! 家名存続のため、真田家当主・昌幸が選んだのは、なんと武田家を滅ぼした織田信長への従属! ところがところが、速攻で本能寺の変が発生、織田信長は死亡してしまう。 こちらの選択によっては、真田家は――そして信州・甲州・上州の諸家は――あっという間に滅亡しかねない。 そして信之自身、最近出来たばかりの親友と槍を合わせることになる可能性が出てきた。 16歳の少年はこの連続ピンチを無事に乗り越えられるのか?

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

せかいのこどもたち

hosimure
絵本
さくらはにほんのしょうがっこうにかよっているおんなのこ。 あるひ、【せかいのこどもたち】があつまるパーティのしょうたいじょうがとどきます。 さくらはパーティかいじょうにいくと……。 ☆使用しているイラストは「かわいいフリー素材集いらすとや」様のをお借りしています。  無断で転載することはお止めください。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

処理中です...