鷹の翼

那月

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知らぬが仏

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 ――翌朝。早めに勝手場に出向くと、そこにはすでに黒鷹の姿があった。袖をたすき掛けで縛り、包丁を手に魚をさばいている。

「ん?やぁ、おはよう紅ちゃん。ずいぶん早いけど、先に入って食材に毒でも入れようと企んでた?ここでは僕が1番の早起きだから、残念だけどそういうことはできないよ」

 お決まりの冗談か。冗談のように聞こえるように言った、小紅を試す言葉の刃か。

 小さな魚から顔を上げた黒鷹は彼女を見つめて微笑み、また魚に視線を落とすと「もう少し寝てても良かったのに」と呟いた。

 本心こそ、聞かれたくなくて声が小さくなる。しかし小紅は耳がいい。黒鷹の本心が聞こえてしまって、胸が痛んだ。

 けれど臆さない。小紅は「おはようございます」とだけ言って、彼の隣に立ち様子をうかがう。

 手の平よりも小さな魚なのにとても手慣れている。3枚に下ろせば骨にほとんど身がついていないし、上下の身は歪みなく綺麗。

 魚の身自身が、滑ってくる包丁の刃を避けているかの如くなめらか。目を閉じていてもさばけそうなほどだ。

 黒鷹の腕前がこれで、その上だという和鷹はどんなさばき技を使うのだろう?本当に、目を閉じてもさばけるのかもしれないな。

 それにしても黒鷹の目は真剣で。しかし、どこか楽しそうにも見える。面倒くさいことが嫌いでも、料理をするのは好きなのかもしれない。

 丁寧かつ素早い手つき、優しいまなざし。そして、見とれてしまうほどに――

「何してるの?突っ立ってないで、勝手場に来たら調理するかつまみ食いをするかが鉄則だよ。ご飯が炊けてるから、それに入れといて」

「は、はいっ!すみませんっ。お椀?お茶碗ではなく、お汁椀なのですか?」

「そう、あとでわかるよ。んーーーーー……味噌!出して置いておいて。それから鉄瓶に水とこの骨も入れて、沸かしておいて」

 ハッ!と我に返って、慌てて冷たい水で手を洗う小紅。周りを見渡して、すでに用意されていた材料と食器を確認。

 つまみ食いなんていいのか?どうせ、いつも自分がつまみ食いばかりしているからそんなことを言ったのだろう。

 最初に指示された、炊けたご飯を9つの汁椀に均等に入れていく。一応茶碗にするようによそってみたが、なぜ汁椀?

 モヤモヤしながらも言われた通りに味噌を出し、わずかに身のついた骨と水を入れた鉄瓶を火にかける。

 その隣で黒鷹は、さばいた魚の身を焼いていた。焼けたらほぐし、味噌を加えながら練るように焼き付けていく。

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