35 / 386
着物の色
2P
しおりを挟む「店主。あれはこれと同じ寸法?そう、じゃああれをいただきます。あぁ、そうそう……僕達に嘘を吐いたんだから少しまけて。はぁ?今安くするのと夜中に有り金奪われるのどっちがいい?――うん、そうそう、それくらいでいいよ。お代はちょうどある」
驚き困惑する小紅なんて気にも留めず、桜鬼はさっさと店主との話を進めて別の着物を買ってしまった。
しかも、やっぱり店主が差し出した着物は最安値ではなかったらしい。見抜いた桜鬼は店主の肩に腕を回し言葉巧みに値段交渉し、見事半額1歩手前でお買い上げ。
それでも小紅が今試着している、最安値ではなかった着物よりは高い。泣きそうな店主をよそに、桜鬼は金を渡すと背を向ける。
「買った着物に着替えておいで。あ、出てくる時に雪の着物と僕の羽織を忘れないようにね」
そう言うと、そのまま手をヒラヒラ振って店を出てしまった。襖が静かにストンッと閉まり、そこでようやく小紅は我に返って渋々、買ってもらった着物に着替え始める。
小紅が最安値を求めたのと店主の嘘に気付いたのは彼の鋭い観察眼の賜物として。
桜鬼はなぜ、小紅が「これにします」と選んだ着物ではない、あえて高い着物を選んでさっさと買ってしまったのか?
小紅の声は小さく力のないものだったが、それでも本人が選んだものなのだからそれでよかったのに。
わざと高いものを選んで小紅への貸しを大きくするという嫌がらせ?そんなことをするような男ではないのだが。
むしろ代金の代わりに美味しいご飯を作ってねとでも言いそうな、とにかく優しい、ちょっとお節介すぎるくらいの男なのだが。
まさか、実は小紅を気に入ってしまっていて、着せ替え人形のように自分の好きな着物を着せたかっただけ。とか…………さすがに有り得ないか。
小紅がいくら妄想を膨らませても真実は桜鬼しか知らない。着替え終わり雪の着物と桜鬼の羽織を手に持ち、やけくそ店主の「まいどどうも!」の声を背中で聞いて店を出る。
耳がいい小紅は直後の「もう2度と来るな、クソッ」というやけくそ店主の、負けを認めたかわいそうな声もバッチリ聞いた。
「お、お待たせしました。これ、ありがとうございました。それとこの着物のお代、必ずお返ししますから」
腕を組み、通り過ぎる人達を眺めていた桜鬼に羽織を差し出し、小紅は深々と頭を下げた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ワルシャワ蜂起に身を投じた唯一の日本人。わずかな記録しか残らず、彼の存在はほとんど知られてはいない。
上郷 葵
歴史・時代
ワルシャワ蜂起に参加した日本人がいたことをご存知だろうか。
これは、歴史に埋もれ、わずかな記録しか残っていない一人の日本人の話である。
1944年、ドイツ占領下のフランス、パリ。
平凡な一人の日本人青年が、戦争という大きな時代の波に呑み込まれていく。
彼はただ、この曇り空の時代が静かに終わることだけを待ち望むような男だった。
しかし、愛国心あふれる者たちとの交流を深めるうちに、自身の隠れていた部分に気づき始める。
斜に構えた皮肉屋でしかなかったはずの男が、スウェーデン、ポーランド、ソ連、シベリアでの流転や苦難の中でも祖国日本を目指し、長い旅を生き抜こうとする。
岩倉具視――その幽棲の日々
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
幕末のある日、調子に乗り過ぎた岩倉具視は(主に公武合体とか和宮降嫁とか)、洛外へと追放される。
切歯扼腕するも、岩倉の家族は着々と岩倉村に住居を手に入れ、それを岩倉の幽居=「ねぐら」とする。
岩倉は宮中から追われたことを根に持ち……否、悶々とする日々を送り、気晴らしに謡曲を吟じる毎日であった。
ある日、岩倉の子どもたちが、岩倉に魚を供するため(岩倉の好物なので)、川へと釣りへ行く。
そこから――ある浪士との邂逅から、岩倉の幽棲――幽居暮らしが変わっていく。
【表紙画像】
「ぐったりにゃんこのホームページ」様より

鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる