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鷹の翼
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しおりを挟む「家も家族もないのです。一時的に、夜鷹様に拾っていただき町で育ててもらったのでその恩返しです。素性も何も、私は町人でも武家でもないただの小紅ですよ」
明るくさらっと問う雪に、微笑んで物腰柔らかくそう答えた小紅。嘘ではない。
ただ、隠していることがあるのは雪にもわかっている。それを聞き出そうとしたようだが、小紅もバカではない。
言えないものは言えない。特に、雪や黒鷹達のためを思うと、余計に言えなくなってしまう。そういうものなのだ、小紅がそのやや貧相な胸の内に秘めるものは。
「ちゃんと、お伝えできる時になればお伝えします。とにかく今は、ダメなんです」
「むぅー……だから、何でダメなんや。って聞いても教えてくれんわなー」
そのとおり。深々と頭を下げて「ごめんなさい」と謝る小紅に、雪は面食らって「か、かまへんかまへん」とわたわたおろおろ。
口が堅いし後ろめたいことは確実にある。けれど、誠意もそこに存在する。小紅が和鷹以上の堅物、あまりにも真面目で戸惑ってしまう。
「知っとると思うけど、ここには色んな事情を抱えた人ばっかりやさかい。ほんまに小紅ちゃんが悪い子やないんやったら、そのうち誤解も晴れて仲良うしてくれるって」
「そうそう、僕も前はものすっごい嫌われてたんだよ。僕は武家の家に生まれた男だったからね」
いつからそこにいたのか、スッと障子を開けた桜鬼は「小さな家の四男だから穀潰しはいらないって言われちゃってね。跡取りが決まってから捨てられたんだ」と、笑いながら部屋に足を踏み入れた。
着替え終わるのを待っていたのか。さりげなく、泥に汚れた小紅の着物が入った桶を背に隠す女らしさはまだ雪にも残っていたようだ。
小紅の姿をじっくり眺め「ふぅーん。ちんちくりんだね」と素直な感想を呟いた桜鬼のみぞおちに、すかさず雪の鉄拳がめり込んだのは言うまでもない。
うずくまってうめき声を漏らしている桜鬼の背中に座った雪。自分の小柄さはともかく、小紅を辱めたことに怒ったようだ。
「そんなん言うんやったら今すぐ、小紅ちゃんに似合う可愛い着物を買ってきてあげりゃあえぇやん。休まず走ったら四半刻で行けるやろ?」
「アホか!片道、全速力で走っても半刻はかかるだろう!あんな所に落とし穴なんて作って放置した誰かさんがお金を出すって言うんなら、買いに行くけど?」
「ぐっ……全額……女の着物はドえらい高いんよなぁ……」
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