鷹の翼

那月

文字の大きさ
上 下
14 / 386
鷹の翼

1P

しおりを挟む

「ぐずっ……っ、う……うぅ、逃げちゃった。ダメなのに…………う、きゃあっ!?」

 震える心からあふれ出る涙を拭いながら、あてもなくただ庭を歩き続ける小紅。泣いてはいけない、逃げてはいけない。向き合わないといけない。

 頭ではわかっていてもそれができないのが現実。彼らと打ち解けるためにはそばにいて、話をして、生活を共にしなければならない。

 その姿勢や努力を必ず、彼らは見ているのだから。良くも悪くも、彼らは小紅をいつも見ている。

 だからほら。急に庭に落とし穴が出現して、小紅が見事に落ちてしまったのも見ているのだ。

 ザッ。穴のそばにしゃがんで、穴から伸びている小紅の手をツンツンと突っついてみる。頬杖を突いて、もう片方の手を下ろす。

「来て早々に踏んだり蹴ったりだね、クスクス。……あぁごめん、大丈夫?引き上げてほしい?それとも、自力で抜け出してみる?」

 肩までズッポリはまって抜けられない。彼女に手を差し出そうとして引っ込めてしまった彼は、涙と土でドロドロになった顔で見上げる彼女に微笑む。

「お、桜鬼、さん……」

 小紅は桜鬼の声を聞いた瞬間、青ざめた。しゃがんで見下ろし面白そうに笑う顔を見て、真っ赤になった。彼が、いつになく楽しそうなのだ。

 来てくれたのが鷹の翼の中で1番マトモらしい彼で良かったようだが、小紅の無様さに笑いを堪えるのに必死な様子がうかがえる。

 手で口元を覆ってはいるが、肩がプルプルと小刻みに震えていて赤い目は彼女の顔にくぎ付けになっている。

 穴があったら入りたい。いや、もう実際に入っている。そんな小紅は悔しそうに唇を噛みしめ顔を反らし、結論を出した。

「た、助けてください。お願いします」

「うん、よくできました。じゃあしっかりこの手を握ってて…………よい、しょっと!」

 小紅は顔を上げ、土にまみれた手を差し出した。まっすぐ桜鬼を見つめる赤黒い瞳に迷いはなく、彼は笑うのをやめて手をつかむと一気に引っ張り上げた。

 自力で、時間をかけて這い上がることもできた。その努力は桜鬼も認めてくれるだろう。

 しかし、そうではない。素直に助けを求め、手を取ってもらうことの方が大事だと彼女は考えたのだ。それが正しい結論だったのかどうかはわからない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

池田恒興

竹井ゴールド
歴史・時代
 織田信長の乳兄弟の池田恒興の生涯の名場面だけを描く。  独断と偏見と創作、年齢不詳は都合良く解釈がかなりあります。  温かい眼で見守って下さい。  不定期掲載です。

密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ
歴史・時代
唐から帰ってきた空海が、坂上田村麻呂とともに不可解な出来事を解決していく短編小説。

ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~

テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。 大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく―― これは、そんな日々を綴った物語。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

あの日、自遊長屋にて

灰色テッポ
歴史・時代
 幕末の江戸の片隅で、好まざる仕事をしながら暮らす相楽遼之進。彼は今日も酒臭いため息を吐いて、独り言の様に愚痴を云う。  かつては天才剣士として誇りある武士であったこの男が、生活に疲れたつまらない浪人者に成り果てたのは何時からだったか。  わたしが妻を死なせてしまった様なものだ────  貧しく苦労の絶えない浪人生活の中で、病弱だった妻を逝かせてしまった。その悔恨が相楽の胸を締め付ける。  だがせめて忘れ形見の幼い娘の前では笑顔でありたい……自遊長屋にて暮らす父と娘、二人は貧しい住人たちと共に今日も助け合いながら生きていた。  世話焼きな町娘のお花、一本気な錺り職人の夜吉、明けっ広げな棒手振の八助。他にも沢山の住人たち。  迷い苦しむときの方が多くとも、大切なものからは目を逸らしてはならないと──ただ愚直なまでの彼らに相楽は心を寄せ、彼らもまた相楽を思い遣る。  ある日、相楽の幸せを願った住人は相楽に寺子屋の師匠になってもらおうと計画するのだが……  そんな誰もが一生懸命に生きる日々のなか、相楽に思いもよらない凶事が降りかかるのであった──── ◆全24話

朱元璋

片山洋一
歴史・時代
明を建国した太祖洪武帝・朱元璋と、その妻・馬皇后の物語。 紅巾の乱から始まる動乱の中、朱元璋と馬皇后・鈴陶の波乱に満ちた物語。全二十話。

悪魔サマエルが蘇る時…

ゆきもと けい
SF
ひ弱でずっとイジメられている主人公。又今日もいじめられている。必死に助けを求めた時、本人も知らない能力が明らかになった。そして彼の本性は…彼が最後に望んだ事とは…

処理中です...