能ある鬼は角を隠す

魚は釣れても角は釣れない

１P

「…………はぁ」


　空を仰げば、雲ひとつない快晴。絶好の釣り日和？


　いやいや、空は重苦しい曇天だ。先ほどから、何度も深い深い溜め息を吐き続ける男の心模様と同じ。釣竿を手に、けれど釣りなんてする気のない心ここにあらずな男。


　駿河敦彦は頭を抱えていた。


　魚を釣るどころか、頭を抱えるのにパッと手を離してしまったと同時に魚がかかっていたのに。しかも実はかなりの大物だったのに。


　かかった大物の魚は、針が引っかかったまま持ち主を失った竿を引っ張ってグングン川を下っていく。


　ガッガラガラガラ、ガッガッガラガラ……と河原を引きずられていく竿に、敦彦は全く気付かない。手の中に竿がないことも、もしかしたら釣りをしていたこと自体も忘れているのかもしれない。


　せっかく、まだ釣りを楽しんでいた時に入れ食いのごとく釣り上げていたのに。魚達が狭い魚籠の中で元気にひしめき合っていたのに。


　崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ時に足が魚籠に当たり、転がった魚籠は川の中へ。どんぶらこどんぶらこ。魚籠と言う名の船に乗って、魚達は竿を追うように川を下っていく。


　また溜め息を吐き、水面を見つめる彼はあることで頭がいっぱい。


「どうして僕には、ないんだ……」


　紺色の前髪をクシャッとつかみ、悔しそうに顔をゆがめる。グリグリッ、両手で頭を押さえて「どうして、どうして僕だけ」と呻く。