惰眠童子と呼ばれた鬼

那月

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遠い昔の思い出

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 できることならば、この竿を放り出して抱きしめたい。力一杯抱きしめて、心の限り「早く戻ってこい、酒呑童子っ!」と叫びたい。


 あぁ、こんなことなら釣りになんか来ないでキツネについて行けばよかったか。今更後悔しても遅い。


「あ、引いてるみたいですよ。大物の予感?」


 歌磨呂が湖を指さし、我に返った俺は反射的にヒュンッと竿を引いた。重い。小魚レベルではないだろう。だが、上手く上げられるだろうか、何しろ百と数十年ぶりの釣りだ。


 重いからではない、俺は人間なんかよりもはるかに力がある鬼だからな。力加減次第で、竿まで折ってしまいそうだ。


 なので、俺は竿を放り捨てた。歌磨呂が「な、何してるんですか!?」と驚くが、完全無視。


 俺は直接糸をつかんで慎重に手繰り寄せる。昔ながらの手釣りというやつか。木の棒なんかではなく、ちゃんとした竿を用意していればこんなことをしなくてもよかったんだが。まさか大物がいるとは。


 糸は頑丈なものを使っているから、切れる心配はない、はず。魚が暴れ、湖面がバシャバシャと荒れる。


 む?思っていたよりも小さい気がするな。どんどん手繰り寄せていくと、徐々に糸の先の魚が見えてきた。


 歌磨呂の声援を聞きながらエイヤッと一気に引き上げると、2つの影が俺の手元で宙ぶらりん。1つは30センチほどの魚、もう1つは――


「これのせいで重かったのか。大物と期待して損をした」


 水がたっぷり入った、黒い長靴の片割れ。しかも中には石と、小さいカニが2匹入っていた。すみやかに魚とカニを湖に返し、黒い長靴は森へと放り投げた。


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